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終幕彼女

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  • 1話終幕と再生

    時に、夕暮れと夜明けは見分けがつかないものです。

    刀が、人の命を奪いながら、人の命を救うことがあるように。

    花が枯れ、新しい種を落とすように。

    私たちの未来を誰かが落日と呼んだとしても、私はそれが夜明けだと信じています。

     

     

    *****

     

     

    ――まるで夢の中にいるようでした。

     

    色とりどりのペンライト。

    私たちを見つめる熱視線。

    大声で歌うたび、それ以上になって返ってくる声援。

    傾いた夕日が自然のステージライトとなって、汗を散らして踊る私たちを照らしています。

     

    これがアイドルのライブ。

     

    2020年7月10日、19時15分。

    地元の夏祭りの最終プログラム。

    お祭り用に組まれた特設ステージの上に、私たちは立っていました。

    目の前には、私たちの歌を聴いてくれるたくさんの人たち。

    通りすがりのお客さんも、足を止めてこちらを見てくれています。

    どれだけ踊っても疲れません。

    どれだけ歌っても想いは尽きません。

    1番のサビが終わって、間奏にはいると、ゆりちゃんとたんぽぽちゃん姉妹の、息の合ったダンスが披露されます。

    「遅れないでよ、たんぽぽ!」

    「うん、お姉ちゃん!」

    2人とも、緊張も気負いもありません。

    ただ「楽しい」という気持ちでいっぱいで、その弾けるようなスマイルが、会場を笑顔の花畑に変えていきます。

    「蒼ちゃん!」

    「うん!」

    そして、ついに蒼ちゃんのソロパートです。

    私の大事な幼なじみの蒼ちゃん。

    「さーて、そろそろ夢未ちゃんの出番かなー?」

    「待って待って!? まだですよ! ここは蒼ちゃんのソロです!」

    「えー……」

    いつだって見せ場が欲しい夢未ちゃんは、くちびるを尖らせます。

    「ふふ、夢未ったら」

    ステージ中だというのにこんなやりとりができるのも、チームワークのなせる業かもしれません。

    アイドルになるという、私の無理な頼みも「仕方ないな」の一言で受け入れてくれた大切な蒼ちゃん。

    彼女の歌声は、私たち『少女迷子ストレイガール』の大きな武器で、アイドルが忌み嫌われたこの世界で、私たちをここまで引き上げてくれた原動力でした。

    ゆっくりセンターへ歩みでた蒼ちゃんが、大きく息を吸います。

     

    目をつむると、これまでのことが思い返されます。

    散々だった、私と蒼ちゃん2人だけの初ステージ。

    想定外のこともあって失敗だらけだったけど、来てくれた数人のお客さんだけは笑顔にしたいと、全力で歌いました。

    新しく仲間になってくれたのは、偶然その初ライブを見に来てくれていた、夢未ちゃん。

    破天荒だけど“かわいい”にまっすぐな彼女のおかげで、『少女迷子』に“華”が生まれました。

    次に加入してくれたのは、ゆりちゃんとたんぽぽちゃんの夜島やじま姉妹。

    カリスマと呼ばれたゆりちゃんは、その高校生離れした凛々しさで、私たちに“格”を与えてくれました。

    その妹でしっかり者のたんぽぽちゃんは、誰よりもゆりちゃんと、私たちのことを考えてくれました。

     

    蒼ちゃんのソロパートが始まりました。

    その透き通るような歌声に、会場がしん、と静まり返りました。

    これが、歌の力。

    私たちが信じた力。

    足を止める人たちの数が増えたことでしょう。

    ステージを見つめる人たちの視線がさらに熱を増したことでしょう。

    だって、たくさん練習したんです。

    毎日放課後に、陽の当たらない体育館裏に集まって、繰り返し歌いました。

    別れて家に帰った後も、それぞれみんな家の事情と折り合いをつけて、自主練習を重ねました。

    みんなで買い物に行った時、音楽ショップに立ち寄って、「いつか私たちもこんな風にCDを売ってもらいたいね」と話したのを覚えています。

    アイドルになると決めた日から、私たちの毎日は輝き始めました。

    汗も、涙も、きらめきでした。

    聞いていますか、プロデューサーさん。

    この会場のどこかで、私たちを見てくれていますか?

    あなたが育ててくれた私たちは、ここまでになりました。

    ただの素人だった私たちを、辛抱強く導いてくれてありがとうございました。

    かけがえないプロデューサーさん。

    誰よりも信頼する私たちのプロデューサーさん。

    アイドルはやっぱりこの世界に必要なんです。

    あなたが言った通りなんです。

    私たちはみんな、迷子でした。

    だけど、アイドルのきらめきによって救われました。

    そして私たちの中で育てた微かなきらめきは、いつか大きな光となって、みんなを照らすと思うんです。

    もっと多くの人たちの、未来に立ちふさがる暗闇を、晴らしてくれるはずなんです。

    10年たっても、100年たっても、このきらめきは消えません。

    私たちは世界を変えます。今、ここから。

    だからずっと一緒にいてください。

    私たちと一緒に。

    そしてこの世界にもう一度、アイドルの輝きを取り戻すんです。

    誰も見たことがない景色を見に行くんです。

    今日はその始まりの第一歩。

    そうですよね。

    だってそれが、私たちの物語――

     

    キィィィィン――――――ッッ!

     

    ……なに?

    突然起こったハウリング音が、私の鼓膜を突き刺しました。

    直後、BGMが止まります。

    蒼ちゃんの歌声も。

    そして代わりに。

     

    「キャァァアアアア!!」

     

    空気を裂くような悲鳴が聞こえました。

    1人だけじゃありません。

    会場のあちこちから聞こえます。

    あわててまぶたを開いた私の前に広がった光景は、信じられないものでした。

    「え……?」

    会場を埋め尽くしていたのは、異形の怪物たちでした。

    黒い獣のような、あるいは出来損ないの人影のような。

    真っ黒な外皮と、血管のようにその上を走る赤いラインが特徴で、見た目は様々でした。

    地を這うような唸り声をあげ、濁った瞳で人々をめつけては、鋭い牙や爪で彼らを次々と引き裂いていきました。

    「っ……!!」

    目を覆うような惨状に、吐き気を覚えます。

    血しぶきが舞い、千切れた手足が散乱しています。

    それはあっという間のことで、すでに生きている人はほとんどいないように見えました。

    驚きと恐怖で、私は声が出せません。

    私は、ステージの上のみんなが心配になって、振り返りました。

     

    ――ゴトンッ!

     

    直後、マイクが逆さまになってステージ上に落ちる音。

    また、強いハウリング音。

    「夢未ちゃん……?」

    ステージ上に、さっきまで一緒に歌い、踊っていた彼女の姿がありません。

    まるで最初からいなかったみたいに。

    ここには最初から血だまりしかなかったみたいに。

    「ゆりちゃん? たんぽぽちゃん? どこ……?」

    どこにもみんながいません。

    頭上の照明が割れて、点滅しながらジジジと音を立てています。

    そして視線を落とすと、赤黒い血にまみれた人数分のマイクが転がっていて。

    「みん……な…………?」

    そのうち一つのマイクには、まだ強く握られた手があって、その手は肘から先がありませんでした。

    「いや――――――――――!!」

    私は思わず悲鳴を上げました。

    自分が出したものとは思えない声で、頭がどうにかなりそうでした。

    その途中で千切れた腕は……蒼ちゃんの腕なのです。

    だって手首には、小さな頃にお揃いで買った青いミサンガがあったから。

    いつか2人の夢が叶いますようにって、蒼ちゃんの分を私が買って、私の分を蒼ちゃんが買ってくれたのです。

    「蒼……ちゃん……」

    だんだんと理解します。

    この世界はこの世界でなくなってしまったんだ、と。

    遠くから、悲鳴がまた聞こえました。

    私たちの歌を聴いてくれた人たちの悲鳴です。

    せっかくできたファンの人たちの悲鳴です。

    彼らが、彼女たちこそが、私たちがアイドルとして歩んできた日々の結実で、何よりも大切な人たちでした。

    この声は、私が死んでも鼓膜にこびりついて離れない気がしました。

    心臓が暴れて、高まる脈拍が正常な思考を阻みます。

    何が起きたんですか?

    これは現実なんですか?

    だって、こんなこと起こるわけがないんです。

    「……わたしたちはアイドルでっ!」

    これから世界を変えようとしていたんです。

    「……この世界に歌を取り戻したくて!」

    まだ夢の途中だったんです。

    走り出したばかりだったんです。

    これからまだファンの人たちも増えて、夢を共有する仲間だって増えるはずだったんです。

    「私たちは歌わなきゃ……いけな…………っ」

    その時、背後で獣のような唸り声がしました。

    私のすぐ、背後で。

    直後、私は振り返る間もなく背中に激しい痛みを覚えて、意識が遠のきました。

    「どうしっ……て……っ…………」

    ……どうしてこんなことに?

    ……みんなはどこへ?

    状況はまったくわからないのに、遠のく意識と全身を覆う凍えるような寒気が、自分はここで死ぬんだということだけを明確に理解させます。

    ……どうして私たちが?

    ……もうここで……終わりなの……?

    ……たすけ…………て…………

    ……プロデュー…………さ………………

    まるで世界の幕が下りるように、ゆっくり瞼が閉じていきます。

    悪い夢を見るように、まどろんで――。

     

    2020年7月10日、19時22分。

    この日、世界に灯りかけた小さな光は、唐突に消えたのです。

     

     

    *****

     

     

    「…………ん………………」

    私が目を覚ましたのは、知らないベッドの上でした。

    「……ここは…………?」

    見回すと、どこかの寮の部屋のようです。

    今寝ているベッドが壁に沿って置かれていて、反対側の壁に背の高い棚と、低い台に置かれたTVがあります。

    寝ていた足の方向に窓があり、そこからは緑の並木が見え、その間からはグラウンドらしきものが見えました。

    寝ていた頭の方向には、部屋の入り口と小さなキッチンがあり――。

    「お、目が覚めたようじゃな」

    そこで、小柄な女の子が、鍋でお湯を沸かしていました。

    彼女は私に気づき、スリッパの音を鳴らしてこちらへやってきます。

    「自分の名前がわかるか?」

    「……えっと…………」

    私は朦朧とする頭で記憶をたどります。

    ……私の名前。

    ……私の名前?

    …………私は何者だった?

    「……っ……!」

    「……どうした!?」

    直後、激しい頭痛が襲います。

    ……私はどうしてここにいるの?

    何かやらなければいけないことがあった気がする。

    こんなところで寝ていてはいけなかった気がする。

    みんなのところに行かなきゃ……。

    早くみんなのところに……。

    ……。

    …………。

    みんなって誰…………?

    そして、残り香のようにかすかな記憶が、脳裏をよぎります。

    誰かが私を呼ぶ声。

     

    ――優愛!

     

    とても大切だった誰かが私を呼ぶ声。

    「……優愛ゆあ……です。……心音こころね優愛」

    「よし……大丈夫そうじゃな」

    小柄な女の子は、頭痛が止み落ち着いた私を見て、ほっとした顔をしました。

    「今は休め。ともあれ息災で何よりじゃ」

    そして、嬉しそうに笑いました。

    屈託のない、私の無事を心底喜ぶような笑顔で、彼女は悪い人ではないことがすぐにわかりました。

    彼女は、学校の制服らしきものを着ていて、その上からかわいい猫の刺繍がついたエプロンをしています。

    綺麗な金色の髪は2つ結びにされていて、その金髪にややそぐわない和風の髪飾りをつけていました。

    「……あなたは?」

    「余か?」

    余、という特殊な1人称とやけに時代がかった口調を使う彼女は、腰に両手を当て、胸をむんと張って答えました。

     

    「余は第六天魔王・織田雛乃おだひなのである!」

     

    「……織田……?」

    私はにわかに理解できませんでした。

    第六天魔王、というのはどこかで聞いた覚えがあります。

    それはかの有名な戦国武将――織田信長の別名だった気がします。

    確かに彼女は“織田”と名乗りました。

    でもどう見ても、彼女は私と同い年くらいの女の子でした。

    それを名乗るとは、戦国武将ファンなんでしょうか?

    「何も案ずることはない。ここは安全じゃ」

    そして、「まあ飲め」と、温かい湯のみを私に差し出しました。

    淹れたての緑茶のいい香りが、私をほっとさせました。

    「ええと……ここはお前のいた世界とは別の世界でな?」

    彼女は、記憶さえおぼつかない私に配慮するように、言葉を選んで話してくれます。

    今思うことではないかもしれませんが、考え考え話す姿がとてもかわいい、と思いました。

    「ここは現実世界なのじゃ」

    「現実世界?」

    「まぁ、お前も余も、自分の生きていた世界が現実世界だと思っておったはず。にわかには信じがたいかもしれん」

    「はい……?」

    「少しずつ受け入れていけばよい」

    彼女はそう言って笑います。

    それは優しさとともに、憂いを帯びた笑顔でした。

    深く傷ついたことのある人特有の、心の底の哀しみを透かした笑顔。

    「余はお前の味方じゃ。今はそれだけわかっておればよい」

    彼女は教えてくれました。

    ここが、どこにも碇を持たない私という難破船が身を寄せる新たな港であること。

    そして。

    「余らは“終幕彼女エンドロール”。同じ境遇を持つ仲間じゃ」

    私を定義する新たな肩書きのことを。

    「……終幕彼女……?」

    この見知らぬ場所で、私の二度目の物語は幕を開けました。

    そして同時に、世界を取り戻すための哀しい戦いの号砲も、すでに鳴らされていたのです。