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終幕彼女

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  • 2話終幕彼女

    「まずはこれに着替えるがよい」

    織田さんに渡されたのは、彼女が着ているのと同じ、学校の制服でした。

    ここは永花えいか学園という場所らしく、そこの指定制服だそうです。

    ただ、ベッドの中ではわからなかったですが、私は下着一つで寝ていたようで、

    「ひゃっ……!?」

    起き上がろうとしてそれに気がつき、布団であわてて体を隠します。

    「わっはっは。気にするでない。現世に転生する終幕彼女エンドロールはだいたい真っ裸じゃ」

    ま、真っ裸……。

    転生だとか終幕彼女だとかはよくわかりませんが、もしその、真っ裸……だったとしたら、この下着は誰が履かせてくれたんでしょう?

    「女同士、気にするな!」

    …………。

    恥ずかしくて顔が熱くなるので、細かいことは考えないことにします。

    この部屋は、トイレとお風呂が別になっていて、私はお風呂場に入って戸を閉めると、渡された制服に袖を通してみます。

    すると、驚きました。

    「これ……サイズがぴったりです……」

    お風呂場の外から、織田さんが答えます。

    「当然じゃ。事前にわかっておったからのう」

    「事前に……? 私たち、初対面じゃないんですか?」

    「初対面だが、プロフィールがあるではないか」

    「プロフィール……?」

    「体重や血液型、食べ物の好き嫌いなどもわかるぞ?」

    「ど、どういうことですか……?」

    「タイトル画面をタップして、データをダウンロードする最中に各キャラの設定が表示されるのじゃ。こう、横にスワイプできて」

    「??」

    彼女の言っていることがまったくわかりません。

    タイトル画面?

    キャラの設定?

    横にスワイプ……?

    「まぁ気にするでない! そのうちわかる!」

    彼女はそう言って、お風呂場から出てきた私の背中をバンバンと叩きました。

    可愛らしい見た目でも、戦国武将のファンだけあって、豪快なところがあるようです。

    「……ん、そろそろ奴が来る頃じゃ」

    壁に掛かった時計を見て、織田さんがつぶやいた直後でした。

    「おっはようっすー!」

    バン! という激しい音ともに、部屋のドアが開き、別の女の子が入ってきました。

    ベージュのカーデを腰に巻いた、黒髪ショートの活発そうな女の子。

    「あー! 起きてる! 優愛っちー!」

    「え? あ、はい……」

    また、名前を呼ばれました。

    どうしてみんな私のことを知って――

    「よかったっすーっ!」

    「わぶっ!?」

    なんていう俊敏性でしょう。

    彼女は玄関で靴を脱ぎ捨て、2~3歩駆けると、部屋の中で棒立ちしていた私めがけて、まるで久々に会った実家の犬みたいに飛びついてきたのです。

    「わぁっ、とっ……」

    何の構えもしていなかった私はいきおい、彼女とともに床へ倒れこみます。

    「あはは、ごめんっす……」

    「い、いえ……」

    仰向けの私に馬乗りの体勢になった彼女は、舌を出して申し訳なさそうに笑います。

    その警戒心のない笑顔を見せられると、何でも許してしまいそうになります。

    やっぱり彼女は実家の犬なのでしょうか。

    「こら咲っ! お前はいい加減にせい!」

    横で角を生やしたのは織田さんです。

    「優愛はまだ目を覚ましたばかりじゃ! なのに突然飛びつくなど……」

    「だから謝ってるじゃないっすか!」

    「謝ればいいというものではない!」

    「自分は優愛っちが目を覚ました喜びを伝えようとしただけっすよ! 開幕ぶっぱのガー不タックルで!」

    「やり方があるじゃろうが! この脳筋!」

    「……脳筋?」

    「脳みそまで筋肉でできとるってことじゃ!」

    「へへ、それほどでも……」

    「誉めてはおらん!」

    2人は挨拶代わりとでも言うように、言い争いを始めます。

    微妙に噛み合っていないようですが。

    それはとても慣れたもので、普段からこうなんだろうなと想像できます。

    咲と呼ばれた彼女は勢いよく立ち上がると、熱弁を振るいます。

    「脳みそまで筋肉なんて誉め言葉! 筋肉に誇りを持たなくて何がファイターっすか!」

    そして、呆れたようにため息をつく織田さんをよそに、華麗なポーズを決めました。

    「優愛っち! 自己紹介するっす! 自分の名は早川咲! 出身は対戦格闘ゲーム『スマッシュ・ラッシュ・ハイスクール』っす!」

    「え? 出身……? 対戦格闘……?」

    またよくわからない言葉が飛び出して、頭の中で疑問符が飛び交います。

    「咲と呼んでほしいっす! よろしくっすよ!」

    咲ちゃんはそう言うと、華麗なポーズを決めたまま、目をキラキラさせながら、何やら私を期待のまなざしで見つめています。

    それはTVのヒーローがするような、とてもかっこいいポーズでした。

    疑問は疑問で置いておいて、私は考えます。

    さっき織田さんは、この世界は私のいた世界とは別世界だと言いました。

    それを言葉の通り受け入れるとして。

    ……この世界では、これが挨拶の流儀なんでしょうか?

    ……彼女は私からの返礼を待っているのでしょうか?

    私はやむなく、見よう見まねで、昔TVで見たヒーローのポーズをとって見せます。

    「あ、は、はいっ。私は、心音優愛こころねゆあです。よろしくお願いしますっ!」

    ――しゃきんっ!

    「うひゃああ……!」

    彼女の瞳の輝きが、一層増しました。

    それは、エーゲ海に浮かぶ喜びの島・シテール島の陽光のようでした。

    どうやら私は正解を引いたようです。

    「なんて美しいヒーローポーズっすか!? まさか名の知れた御仁ごじんで!?」

    「えっ? い、いや、どうでしょう……?」

    「流派は!?」

    「流派!?」

    食いつきがすごいです。

    私は果たして本当に正解を引いたのでしょうか。

    彼女は大まじめに腕を組み、しみじみと考えながら言います。

    「これほどのポーズはなかなかできないっすよ? よほど見られることに慣れた人間じゃないと」

    「見られる……ことに……?」

    何だか頭の中がもやもやします。

    はっきりとはしませんが、何かその言葉が引っかかるような……。

    「咲。そこまでにしておけ。あまり優愛を振り回すでない」

    「あ、そうっすね……ごめんなさいっす」

    「い、いえ……」

    織田さんの助けによって、事態は落ち着きを取り戻しました。

    「すまなかったな、優愛。咲は病的なまでのヒーロー好きでな」

    「あ、そういうことですか……」

    「決して悪気はないのじゃ。許してやってくれ」

    「はい、もちろんです」

    彼女に悪意がないのは、わかります。

    だって今も、冷静になってしゅんとしている姿がとってもかわいいですから。

    そう。実家の犬みたいに。

    「余のことは雛乃でよい」

    「あ、はい。雛乃……ちゃん」

    「うむ。苦しゅうない」

    「雛乃ちゃんと咲ちゃん……は、すでにお知り合いなんですね?」

    「そうっすね。自分たちはほぼ同じ時期に終幕彼女になって、だいたい一年前からここにいるっす」

    「一年前……もうそのくらいになるのか」

    何やら物思いにふける雛乃ちゃん。

    咲ちゃんも雛乃ちゃんと同じ、終幕彼女というもののようです。

    雛乃ちゃんは、「同じ境遇を持つ仲間」と言っていましたが……。

    彼女たちがここで過ごした一年間とは、どんなものだったのでしょう。

    「もっと言うと、殿とはその前からの付き合いっすけど」

    「どういうことですか?」

    「『スマッシュ・ラッシュ・ハイスクール』と『戦国百華』はコラボしてたんで」

    「コラボ……??」

    「あー、コラボというのは、その、何というか、世界と世界が一時的に交差するもので……うーん……説明が難しいのう」

    私に説明しようと、頭を悩ませる雛乃ちゃん。

    きれいな眉をくねくねさせて一生懸命考えてくれるので、豪快さや老成した口調とは裏腹に、本当に真面目ないい子です。

    「要は手っ取り早くファンを増やしたい大人の事情で……あいたっ!」

    「生々しい説明をするでない!」

    横から口を挟んだ咲ちゃんの頭を、雛乃ちゃんがぱしんと叩きます。

    よくわからないですが、生々しかったようです。

     

     

    *****

     

     

    「うわぁ……気持ちがいいですね」

    私は、雛乃ちゃん、咲ちゃんに連れられ、部屋の外に出ました。

    私がいたのはやはり寮の部屋だったようで、一階に広いロビーと談話スペースがある三階建ての建物でした。部屋の数は、30~40戸程度ありそうです。

    部屋を出るとすぐ目の前は駐車場になっていて、掃除をやりかけだったのか、適当に集められた落ち葉と掃除道具が端っこの方に置きっぱなしになっていました。

    私たちは、それを横目に、校舎の方向に歩き出しました。

    「ここは山の中ですか? すごく空気がおいしいですね」

    私が言うと、2人は一瞬顔を見合わせ、雛乃ちゃんが答えました。

    「確かに緑は多いが、どちらかというとここは都市部じゃ」

    「え? そうなんですか? それにしては空気が澄んでて……」

    「あー、自分も最初はそう思ったっすね」

    咲ちゃんが、うんうんとうなずきます。

    「それがあちらの世界とこちらの世界の大きな違いかもな」

    雛乃ちゃんも同意します。

    「そうっすね。現世は空気も食べるものもみーんな美味しくて。だからいつもごはん食べ過ぎちゃうんすよ。へへ」

    「えっと、どういうことですか?」

    「口では説明が難しいが、感覚が研ぎ澄まされる感じかのう? すべての感覚が1.5倍になったような……。この太陽の光も、風も、以前とは違って感じぬか?」

    「言われれば……確かに……」

    雛乃ちゃんの言うように、感覚が鋭くなっているような気がします。

    太陽の光はよりまぶしく感じるし、肌を刺すようです。風もいつもより心地よく感じる気がします。

    「それと、現世っていうのは何なんですか?」

    「ふむ、それだけは説明しておくか。一気に話をして混乱させたくはないのが」

    雛乃ちゃんはそう言って、説明をしてくれました。

    「余も咲も、そして優愛、お前も、現世――この世界の人間ではない。余らはこの世界の人間が作ったゲームの中の住人じゃ」

    「ゲームの……中……?」

    私は一部記憶を失っているものの、基本的な知識はほぼそのまま残っているようです。

    だからゲームというものも知っています。

    TVやスマートフォンで遊ぶもののはず……ですよね?

    でも、私たちが、その中の住人というのは……?

    「終幕彼女というのは、サービス終了したソーシャルゲーム世界の住人のことっす」

    「サービス終了とは“世界の終わり”を意味する。つまり、余らは一度死んで、この世界でよみがえったのじゃ」

    「自分は『スマッシュ・ラッシュ・ハイスクール』という対戦格闘ゲームから。殿は『戦国百華』という戦国RPGから」

    「そして優愛。お前にもお前の世界があったわけじゃ」

    「私の世界……」

    「おそらくその頃の記憶はないはずじゃ。終幕彼女は現世へ転生する際、記憶を失う」

    「自分も殿も最初はそうだったっすね。それから少しずつ思い出したり、話を聞いたりして、過去のことがわかっていったっす」

    「そう、なんですか……」

    さすがに、言われて今すぐに理解できることではありませんでした。

    私はここではない世界に生きていた。

    そして、私のいた世界は滅んで……私はこの世界によみがえった。

    じゃあそれはなぜ?

    “滅んだ”というのは具体的にどういうこと?

    私以外の人はどうなったの?

    現状が理解できないままに、次々疑問がわいてきて、頭がいっぱいになります。

    「すまん。一度に言い過ぎた。疑問もたくさんあるじゃろう」

    「……気持ちはわかるっす」

    「はい……」

    「ひとまずこれから学園長に会いに行こう。彼女は終幕彼女をまとめる指揮官でもある」