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終幕彼女

NEWS

  • 3話学園長

    ――“学園長室”。

    そう書かれた銀色のプレートがかかった部屋に、私は通されました。

    「よく来たね」

    その人は背が高く、精悍な顔つきをした大人の女性で、寝不足なのか目の下にはクマができていました。

    「雛乃と咲も、お迎えありがとさん」

    「うむ」

    「はいっす!」

    雛乃ちゃんと咲ちゃんは、部屋の奥へ進み、ソファへ座りました。

    私とその女性は部屋の真ん中に立ったままで、真正面から向かい合っています。

    心音優愛こころねゆあ、だね」

    「は、はい」

    迫力のある人で、私は思わずゴクリと唾を飲み込みます。

    この人が学園長?

    そして終幕彼女エンドロールの指揮官?

    こんなことを言っては失礼ですが、“元ヤン”のような雰囲気がありました。

    私には知る由もありませんが、指揮官というだけあって、相当な修羅場をくぐってきたに違いありません。

    黙って見つめられていると、その迫力で押しつぶされそうになります。

    私は何かいけないことをしたでしょうか?

    はっ……!

    ベッドで裸のまま寝ていたことでしょうか?

    ここは学園。学びの園。風紀的にも道徳的にも破廉恥です。

    もしかして、私はいわゆる“ヤキ”というやつを入れられるのでしょうか?

    ……すると。

    「……わぶっ?」

    私はぐいっと腕を強く引かれ、彼女の豊かな胸に顔を押しつけられました。

    「……よく来たね」

    彼女は、私の頭を両手で抱き、もう一度そう言いました。

    私はすぐに申し訳ない気持ちになりました。

    彼女の声音は、慈しみに満ちていたからです。

    見た目や雰囲気で勝手に判断して怖がっていた私を、叱りたくなりました。

    「ごめんなさい……」

    「ん? なんで謝る?」

    「あ……えっと……」

    学園長は、私の頭を抱くのをやめ、不思議そうに顔をのぞき込みました。

    「お前は何も悪いことなんてしてないだろうが」

    「……はい……」

    学園長は、申し訳なさそうにうつむく私の頭をくしゃくしゃとなで、「堂々としてろ」と笑いました。

    「ひとまずお前もソファに座んな」

    そして、雛乃ちゃんや咲ちゃんが座るソファへ案内します。

    2人が笑いながら手をこまねいてくれます。

    この一連のやりとりで、私の不安や緊張は一気になくなりました。

    私は、何もわからずこの学園に来て、このままでいいのかという根拠のない焦燥や足場のない不安にずっと駆られていました。 

    でも、雛乃ちゃんや咲ちゃん、そしてこの学園長に出会って、「ここにいてもいい」という感覚を得られた気がします。

    口調は少し荒っぽいけれど、心優しいこの学園長の下なら安心して――

    「で、雛乃? 咲?」

    「うむ?」

    「何すか?」

    「言っといた寮の前の駐車場の掃除、終わったんだよね?」

    「「あ……」」

    突如、2人の顔色が変わります。

    「言ってから何時間たったと思ってんの? さっさとやれば一時間で終わる仕事でしょ」

    「そ、それはじゃな……。ちょっと休憩しようと茶を淹れていたら優愛が目を覚ましたゆえ……」

    「優愛を連れてきてくれたのはいい。でもそれを差し引いても、十分終わらせる時間はあったはずでしょ?」

    「う……」

    「そ、そうっすね……?」

    「さ、咲のせいじゃ! 余はまじめにやろうとしたのに、新技を試したいとか抜かすから!」

    「自分のせいっすか!? 殿だって竹箒構えてやる気まんまんだったじゃないっすか!」

    「そ、そんなことはない!」

    「あるっすよ!」

    「お前たち…………?」

    「「はいっ!」」

    あの優しかったはずの学園長の顔が、みるみるうちに般若の形相に染まっていきます。

    そしてボキボキと両手の拳から恐ろしい音を鳴らします。

    そのただならぬ雰囲気に、2人は背筋を伸ばして立ち上がります。

    「いつもいつも遊んでばっかで! さっさと行ってこい!!」

    「はいっすー!!」

    「是非もない!!」

    学園長に雷を落とされ、脱兎のごとく学園長室を飛び出していく2人。

    私はただ呆然とそれを見送ります。

    「昔なら秒でボコってたけど、私も丸くなったもんだ」

    ため息をつく学園長。

    「……」

    私もサボりにだけは気をつけようと思いました。

     

     

    *****

     

     

    「ん……やっぱり風が気持ちいいな……」

    校舎の屋上はとても気持ちがよい場所で、私は思い切り伸びをしました。

    周辺の街までが広く見渡せます。

    緑は多いものの、背の高いビルや大きな駅もあって、雛乃ちゃんが言っていたとおり、やはりこの学園は都市部にあるようでした。

    「少し用事があるから、屋上にでも行って休んでて」

    学園長がそう言ったので、教えられた道順をたどって、私は屋上へ上がりました。

    屋上は開放されていて、中央に大きめの花壇があり、それを取り囲むようにベンチが配置されていました。

    たぶん、生徒がここでお弁当を食べたりするのでしょう。

    それと、学園長が気になることを言っていました。

    「今日あたりもしかしたら、来客があるかもしれない。それは、お前にとって重要な人物だ」

    ……私にとって重要な人物。

    いったい誰だというのでしょう。

    雛乃ちゃんの話によれば、私は別の世界から来たそうです。

    ということは、私と同じ世界から来た人ということでしょうか。

    それは誰?

    私の家族? 友達? それとも……。

    「はぁ……」

    少し考えるのに疲れてしまって、パイプのフェンスに寄りかかって、大きく息を吐きます。

    「……~~~♪」

    ……鼻歌。

    誰のものでもなく、無意識に私の口をついて出たメロディ。

    私はぴたりと鼻歌を止め、考えます。

    これは何の歌? わかりません。

    でもメロディと歌詞がわかります。

    頭じゃなくて、まるで体が覚えているみたいに。

    「……~~~♪」 

    私はフェンスに寄りかかるのをやめ、思うままに歌ってみます。

    泉からこんこんと水が湧き出るように、メロディが生まれます。

    詰まることもありません。

    これは私が知っていた歌。

    たぶん何度も口にしたことがある歌。

    自分の失った過去に手が届くような気がして、私は続けて歌います。

    自分で思うのもおかしいけれど……通る声。

    とても気持ちがいい。

    私は、よく歌を歌う人だったんでしょうか。

    この歌で誰かに誉められたりもしたんでしょうか。

    知らず、目を閉じていました。

    両手を広げていました。

    とても自由で、このまま空を飛べそうな気持ちになった時。

     

    ガチャリ。

     

    「……え?」

    一つだけある屋上につながる扉が、突然開きました。

    そこから現れたのは学園長と、知らない男の人。

    ここの生徒さんでしょうか、私と同い年くらいに見えます。

    彼は、私のことを呆然と見つめています。

    私もきっと同じ顔をしていたはずで、そのことに気づき、あわてて取り繕います。

    「――あ、気がつかなくてすみません!」

    そして、思い切りよく、90度まで頭を下げました。

    「おはようございます! 心音優愛です!」

    ……おはようございます。

    無意識に自分の発した言葉に少し引っかかりを覚えました。

    これは私の口癖に近いものだったのでしょうか?

    日は高く、正午を過ぎていたはずなのに、自然とそう言っていました。

    いえ、それよりも。

    私は歌を聞かれたと思うと恥ずかしくて、少し赤くなりながら、ごまかし半分で尋ねました。

    「えっと、えへへ……どなたですか?」

     

    「……!」

     

    彼の表情が、さっと変わるのがわかりました。

    瞳に失望の色が見えた気がしました。

    まるで信じられない言葉を聞いたかのように。

    学園長もその横で、少し悲しそうに瞼を伏せていました。

     

    「覚えて……ない……?」

     

    彼はそう言いました。

    覚えてない……? それはどういう意味でしょうか。

    そう私が考え始めた瞬間でした。

    不安感を煽るサイレンの音が、私の鼓膜を震わせました。

    「サイレン……?」

    学園長の隣の男の人も、何が起こったのかわからず、困惑している表情です。

    学園長がつぶやきます。

    「……まずい。……“気づかれた”か」

    そのつぶやきには、想定外の焦りが聞いて取れました。

    その時、私の頭上が少し陰りました。

    雲が流れて、陽が隠れた?

    でも、それは違いました。

    学園長が叫びました。

    「飛行型の虚霊オーネか!」

    私は学園長の視線の先を追いました。

    そこには、大きな翼を生やした、見たことのない生物がいました。

    昔授業で習った、プテラノドンを思い出します。

    その中心にある体幹の部分が、人体に近い形をしていました。

    人体に近い、というのは、似ているけれど明らかに違っているということで、ひとまず手足は二本ずつあるという程度です。

    グレイタイプの宇宙人のような形をした頭からは触覚のようなものが何本も伸び、口は切り裂いたように大きく、並びの悪い乱杭歯らんぐいばの間から、ぬらぬらとよだれが垂れ流されています。

    全体の大きさは軽自動車ほどでしょうか。

    ザラザラとした固い質感を持つ真っ黒な表皮に、血管のような赤いライン。

    翼をたくわえた両腕の先には、鋭い爪。

    おそらく補食以外に興味のない凶悪な双眸そうぼうは、すでに私たちを捉えていました。

    「っ……!」

    私を激しい頭痛が襲います。

    私はこれに似た生物を以前に見たような気がします。

    背中に氷を詰め込まれたような悪寒が湧き上がります。

    吐き気と恐怖で足が動きません。

    脳裏で覚えのない映像がフラッシュバックします。

     

    ――暮れかけた夕陽と、色とりどりのペンライト。

     

    ――飛び交う誰かの悲鳴。

     

    ――誰もいなくなったステージ。

     

    ――床に転がった血塗れのマイクと、千切れた誰かの腕。

     

    「いやーーーーーーーー!!」

    私は、自分のものとは思えない叫び声を上げました。