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終幕彼女

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  • 4話虚霊と戦士たち

    気づくと、私は手を引かれていました。

    「こっち!」

    「わっ……!」

    意識が朦朧としていた私は、手を引かれるまま、半ば引きずられるように走り出しました。

    「平気!? 走れる?」

    「……は、はいっ!」

    急いで現実に意識を引き戻し、返事をしました。

    私の手を引いて走っていたのは、さっき出会った知らない男の人でした。

    私がぼんやりしている間に、彼はいち早く動いて私を助けてくれたのです。

    「校舎の中へ! 転ばないで!」

    「はい!」

    急ぎながらも、何度もこちらに視線をやり、私を気遣ってくれます。

    私にお兄ちゃんがいるかわかりませんが、もしいたら、こんな安心感を覚えたのでしょうか。

    キィィィという、さっきの怪物のものらしき鳴き声を背に受けながら、どこか私は安心していました。

    ……けれど。

    「……くそっ! もう少しだったのに!」

    その怪物は、あっという間に空を翔け、私たちの行く手に立ちふさがりました。

    着地の勢いで、コンクリートの地面がひび割れます。

    校舎の中へつながる扉はその先でした。

    私は震える唇で言いました。

    「こ、この恐竜みたいな生き物は何ですか……?」

    「僕もわからない」

    「私、今日ここへ来たばかりで……何もわからなくて……っ」

    「偶然だね。僕もそう」

    ギィィィィッという、ひときわ甲高い怪物の鳴き声。

    「っ……!!」

    その大音量に思わず耳をふさぎます。

    怪物の目玉はギラギラしていて、私たち以外は見えていないようでした。

    この怪物は怒っているのでしょうか?

    それとも憎んでいる?

    なぜなのか、事情はわかりません。

    だけどそう思わせる、とりわけ熱を帯びた感情を、その目からは感じました。

    すると。

    「……僕の後ろに隠れて!」

    男の人が、私の前に立って、両手を広げました。

    勇敢にも私をかばってくれたのです。

    「だ、ダメです! 危険です! あなたが下がってくださいっ!」

    このままでは、親切なこの人が怪物に殺されてしまいます。

    この人は、今初めて会ったばかりの人です。

    だから私を守って死ぬ義理なんてないのです。

    なのに、彼は必死になって私を守ろうとするのです。

    「いいから!」

    「ダメです!」

    私は彼に負けじと、逆に盾になろうと、彼の肩を引っ張ります。

    だけどまた押し返されます。

    「危ないから!」

    「あなただって危ないです!」

    私たちは、自分が率先して盾になろうと、お互いの体を押し合いへし合いします。

    「非常時に何してんの、お前らは!?」

    離れたところで、助けを呼んでいるのかスマホを耳に当てている学園長から怒声が飛んできます。

    言われてみれば、確かにそうです。

    こんな怖ろしげな怪物を前にして、私たちは意地を張るように、必死にお互いの盾になろうとしているのです。

    でも、どうして?

    どうしてこの人は、そうまでして私を守ろうとしてくれるんですか?

    「僕はいいからっ!」

    「どうしてあなたならいいんですかっ!?」

    ギィィイイイイッ!!!!!

    「っ……!」

    怪物がまた大きく吠え、空へ飛びあがりました。

    そして、凶悪な乱杭歯をたくわえた口を開け、こちらへ向かって一直線に向かってきます。

    あの速度。あの体重。素人でもわかります。

    この一撃を食らえば、即死は免れないでしょう。

    「くっ……!」

    彼はまた、私の肩をぐいっと強引に抱き、私を抱いてかばうような体勢で怪物に背を向けました。

    そして、「僕はっ……!」と喉から声を絞り出すように叫びました。

     

    「僕は君を救いにここへきたんだ!!」

     

    その言葉が、私の耳の中で鳴り響きます。

    キラキラと、福音のように。

    「私を……? 救いに……?」

    その時です。

    「この非常時にイチャついてんすか? デスいっすね?」

    どこか間の抜けた声。

    そして、聞き覚えのある声でした。

    「咲ちゃん!」

    それは黒髪ショートの活発な女の子。咲ちゃんの声でした。

    どこからか現れた彼女が、猛烈な勢いでこちらへ駆けてきます。

    「間に合ってよかったっす! 行くっすよ! スーパーウルトラアメイジング――」

    そして、飛翔した怪物の牙が、あと1秒とかからず私たちに届こうとする刹那の間。

    怪物の横っ腹に空中回転蹴りを放ちました。

    「――コンプライアンス!!」

    技名の由来はよくわかりませんが、その強烈な一撃は、まるで小型ミサイルのようでした。

    咲ちゃんの小さな体から繰り出されたとは思えない衝撃。

    怪物はたまらず金属質の悲鳴を上げ、地面を転がりフェンスに激突すると、しばらく痙攣してから動かなくなりました。

    「ありゃ、こんなもんっすか? つまんないっすね」

    あっけらかんと、何でもないことのように。

    「20~30フレーム遅かったっすね」

    確か咲ちゃんは、“対戦格闘ゲーム”の出身だと言っていました。

    見れば、格好もさっきまでの制服とは違います。

    レスラーのような、派手なコスチュームに身を包んでいます。

    これが、咲ちゃんの本来の姿……?

    「君は……」

    すると、私をかばってくれた男の人の様子がおかしいことに気づきました。

    「君はまさか……」

    彼は、目を見開いて咲ちゃんのことを見つめています。

    その目は、初めて私を見た時と同じものでした。

    「そのおかしな技のネーミングセンス……やっぱり君は…………」

    彼の言葉を受け、咲ちゃんは振り返ってポーズを決めました。

     

     

    「そうっす! 自分こそヒーロー志望のグラップラー! 早川咲! ここに参上っす!」

    そして咲ちゃんは、勇ましかった表情を一瞬緩め、こう言いました。

    「……久しぶりっすね、“先輩”」

    心底ほっとしたような表情。

    同時に、切なさのちらつく表情。

    彼女の一言には、私の知らない色んなドラマが詰まっている気がしました。

    「ずっと会いたかっ――うひゃっ!?」

    咲ちゃんの言葉を遮るように、背後から大きな破壊音がしました。

    咲ちゃんも私も、あわてて耳を押さえて、その場で縮こまります。

    音の方向を見ると、そこにいたのは、

    「余を誰だと心得るっ!」

    三体の怪物相手に、日本刀を振り回す雛乃ちゃんでした。

    気づかないうちに、怪物の数が増えています。

    雛乃ちゃんを取り巻いていたのは、私たちを襲おうとした個体よりも少し小さめですが、獰猛さは変わらない三体の怪物でした。

    咲ちゃんと同じように、雛乃ちゃんの服装も変わっています。

    戦国時代の甲冑をやや現代的にアレンジした、戦闘衣装。

    派手さと威厳をあわせ持つ、カリスマらしい出で立ちでした。

    そんな彼女を見て、また男の人がつぶやきます。

    「あれは間違いなく『戦国百華』の…………」

    雛乃ちゃんがぐっと腰を落とし、精神を集中するように両目を閉じました。

    そして、刀を一度さやに戻し、キンと鍔音つばおとを鳴らした直後、美しい太刀筋が閃きました。

    不如帰ホトトギス返しッ!!」

    目にも留まらぬ速度で再び鞘から刀を抜き、勢いのまま、横に360度の回転斬り。

    彼女を取り囲んだ三体の怪物は、それぞれ真っ2つになり、黒いもやとなって空中に溶けていきました。

    見れば、咲ちゃんにやられた羽のある怪物も、黒いもやとなって消えていて、これが彼らの最期なんだと思いました。

     

     

    「――貴様ら、余を第六天魔王・織田雛乃と知っての狼藉か?」

    足元から立ち上がるオーラのようなものが渦を巻き、彼女を包んでいます。

    これが、雛乃ちゃんの真の姿。

    見た目はずいぶんかわいさが勝っていますが、かの戦国のカリスマ・織田信長が女性として生まれ変わった姿が彼女だと言われたら、うなずけるほどの勇壮さでした。

    だけど、まだ、油断はできません。

    怪物は、咲ちゃんや雛乃ちゃんがやっつけた以外にも存在し、その中でもとりわけ巨大な一体が、小さな少女を襲おうとしていました。

    それは知らない女の子でした。

    「あの子が危ないですっ!」

    私は危険を察し、見知らぬ少女を助けようと駆け出そうとしましたが、

    「大丈夫」

    男の人が、伸ばした腕で私を制しました。

    「彼女なら大丈夫」

    手出しはいらない、と彼の目は言っていました。

    そして言外に、私が行けば邪魔になるとも。

    彼は、その小さな少女のことをよく知っているようでした。

    少女は、まるで妖精でした。

    透き通るような白い肌、そして、きれいな銀糸の髪と、碧と赤と左右で色の違う宝石のような瞳を持っていました。

    私が何より驚いたのは、140cmにも満たない小さな体で、身の丈を越えるほどの大きな斧を肩に担いでいたことです。

    「だって彼女は…………」

    「陽の光は嫌いなの。はやく消えて」

    彼の言葉を継ぐように、その女の子は巨大な斧を片手一本で軽々と操り、巨大な怪物を無造作に切り裂いたのです。

    右の首元から左腰まで袈裟切りにされた怪物は、悲鳴を上げる間もなく地面に倒れ、沈黙しました。

    「彼女は――『ミラージュ・オンライン』きっての戦闘力を誇る怪力ドワーフなんだから」

    「怪力ドワーフ……?」

     

     

    「団長? 久しぶり」

    くるりと首をこちらへ向けると、彼女は特に表情を変えないまま、そう言いました。

    彼女の視線は、私の隣の男の人へ向けられています。

    団長、というのは彼のことなんでしょうか?

    そういえば、咲ちゃんは“先輩”と呼んでいました。

    「ふあ……ねむ」

    そして、小さな少女が、仕事を終えたとばかりにあくびをした直後。

    「あ、危ないですっ!」

    「いけない!」

    沈黙したはずの怪物が、頭のない状態でまた立ち上がり、その残された岩のような右腕を振りかぶり、油断した彼女を背後から狙いました。

    私と男の人は、同時に走り出しましたが、それは意味のないものでした。

    ガァァァン――という、銃声。

    どこからか放たれた銃弾が、怪物の右腕の肘あたりを貫きました。

    さらに立て続けに銃声が鳴り、そのすべてが精確に怪物の右腕を襲って、その太い腕は泥の塊のような鈍い音を立てて地面に落下しました。

    そして止めとばかりに、同じように地面に転がっていた怪物の頭部を銃弾が貫き、しばらくすると巨大な怪物は消失しました。

    ……一体誰が?

    見回すと、屋上から50メートルほど離れたところに学園の時計塔があり、弾はそこから放たれたようでした。

    男の人が言いました。

    「忘れもしない何千回と聞いた射撃音……あれは…………」

     

     

    「――天国への片道切符だ」

    時計塔の射撃手が立ち上がり、こちらを見ているのがわかりました。

    背が高く、褐色の肌をした、野性を感じさせる女性でした。

    彼女の射撃により、屋上の怪物はすべて一掃されました。

    いつの間にかサイレンも止み、さっきまでの騒ぎが嘘のように、爽やかな風が屋上を通り過ぎていきました。

    「どうしてみんながここに……?」

    男の人は、夢でも見ているかのようにつぶやきました。

    みんなというのは、私たちを怪物から救ってくれた不思議な女の子たちのことでしょう。

    どうやら彼は、彼女たち全員のことを知っているようでした。

    カツン、カツンと、斜め後方から、学園長のハイヒールが屋上の地面を叩く音が聞こえました。

    学園長も無事だったようで、ほっとします。

    おそらくさっき電話していたのは、咲ちゃんたちの助けを呼ぶためだったのです。

    「彼女たちが“終幕彼女エンドロール”さ」

    終幕彼女。

    雛乃ちゃんもそう言っていました。

    学園長は、小さな少女や時計塔の方角にも視線をやったので、彼女たちも含まれるのでしょう。

    そして、私も。

    男の人が言いました。

    「彼女たちは……ゲームの中の存在のはずじゃ……?」

    「ああそうさ。だからこそ、虚霊オーネとも戦える。終幕彼女と虚霊は同じ電子の海で生まれた情報生命だからね」

    オーネというのは、あの怪物たちのことでしょうか。

    それと、終幕彼女――私たちは同じ存在?

    だから戦える?

    ……え?

    …………戦う??

    「――神隠しの噂を知ってるか?」

    学園長は、男の人に向かって尋ねます。

    「若者が次々謎の失踪を遂げている事件だ」

    「……知ってます。連日報道されてるので」

    私はそのことを知りません。

    その報道がこの世界でのことなら、彼は元々この世界にいた人なんでしょうか。

    私は2人の会話を、かたわらで聞いています。

    「あれは誰にさらわれたわけじゃない。まして集団家出なんていう無軌道な話でもない。彼らは“喰われた”んだ」

    「喰われた?」

    「敵の名は――“虚霊オーネ”。虚霊というのは、まだまだ不明な点が多い。だが、世界に対する脅威なのは間違いない」

    「世界の脅威……」

    「最近頻発してるソーシャルゲームのサービス終了はこいつらのせいだ。そして奴らは数々のゲーム世界を滅ぼして、ついに現実世界に侵攻を始めた」

    ゲーム世界を滅ぼした。

    ということは、私や、雛乃ちゃんや咲ちゃんたちのいた世界もあの怪物に……?

    話は核心に迫ります。

    「こいつらが厄介なのは人間の目には見えないし触れもしないこと。戦車や戦闘機だってかなわない。そもそも見えないから対策もできない。――そこで“彼女たち”の出番だ」

    学園長の視線がこちらに向きました。

    「“終幕彼女エンドロール”――虚霊オーネに唯一対抗できる存在。彼女たちが負ければ世界は終わりだ」

    ……え?

    ……どういうことですか?

    終幕彼女と呼ばれた私以外のみんなは、一様に頼もしげな顔で頷いて見せます。

    ……え?

    ……私もですか?

    ここ、私も「任せて」とばかりに頷くところなんですか??

    こんな冒険の始まりみたいな、いかにも勇ましいオーケストラ調のBGMが流れてきそうな場面で……私もですか??

    「彼女たちは、お前とともに世界を守る戦士たちだ」

    せ、戦士??

    世界を守る??

    私、聞いてないですよ……??

    学園長? どうしてこの話の流れでまた私を見るんですか??

    ううん、もしかして……。

    ただ覚えていないだけで、実は私も戦える……??

    雛乃ちゃんや咲ちゃんみたいに、えい、やっ、て、かっこいい武器とかを使いこなして、悪い敵をばったばったと…………。

    できる気がしません!!

    「この世界の命運は、彼女たちと、お前にかかってる」

    世界の命運!!?

    ……って……ん?

    学園長は男の人をまっすぐ見据えていました。

    そして男の人も、その視線をまっすぐに受け止めていました。

    不安はありながらも、覚悟は決まっている敢然とした表情で。

    「お前がいれば必ず勝てる。お前が彼女たちとこの世界を救うんだ」

    彼も私と同じように、とても戦闘の訓練を受けているようには見えませんでした。

    なのに。

    まるで、こんな風に世界を救う使命を過去に何度も言い渡された経験があるように、事実を受け止めているのです。

    そんなこと、あるはずないのに。

    なのに、彼はまるで世界を救うプロのような顔をしているのです。

    ……私の手を引いてくれた謎の彼。

    この人も、私たちと同じ終幕彼女なんでしょうか?

    それとも……。

    「……本物だ……」

    気づくと、彼は私のことをまじまじと見て、そう言いました。

    「えっ?」

    彼は確かめるように、私以外の4人にも順番に視線を送ります。

    そしてまた、私の顔をまじまじと見つめて「本当にここにいるんだ」と言いました。

    その目は潤んでいて、目の前のものが信じられないとでもいうように揺れていました。

    「ど、どうしたんです? そんなにじっと私を見つめて……」

    ちょっとドキドキしてしまいます。

    けれど、きっとそれは私だけで。

    彼の目はまるで、死別した家族や恋人と再会したかのような熱情を帯びていて……。

     

    「彼女たちはよみがえった。お前の“願い”に応えてな」

     

    学園長は言いました。

    「……そうだな。お前のことは“願う人プレイヤー”とでも呼ぼう」

    「プレイヤー?」

    「ああ、playerではなく“prayer”だ。“pray”には願う、祈る、そういう意味がある」

    「願い……祈り……」

    「……プレイヤー。お前には特別な力がある。彼女たちが戦えるのもこうして生きていられるのもお前のおかげだ」

    学園長に同意するように、雛乃ちゃんや咲ちゃんたちが、微笑みながら頷きます。

    いつの間にか時計塔にいた射撃手さんもいました。

    「――お前は彼女たちとこの世界の救世主だ」

    プレイヤーと呼ばれた彼は、胸が詰まったように下を向き、黙り込みます。

    「あの……? 大丈夫ですか?」

    私は心配になって声をかけます。

    「ど、ど、どうしましょう……? 平気ですか……??」

    そして彼は、おろおろする私にこう言いました。

     

    「……生きててくれてありがとう」

     

    頭を深く垂れて、大粒の涙を落として。

    私にはその意味がはかりかねました。

    彼の涙を見て、つられて鼻がつんとしたけれど、その涙の意味はわかりませんでした。

    ……あなたは一体誰なんですか?

    ……どうして私をそんな目で見るんですか?

    ……どうして私の無事を知って、そんな風に泣いてくれるんですか?