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終幕彼女

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  • 5話悩める第六天魔王

    「“喪界そうかいクラウド”……ですか?」

    「ああ、そうじゃ。これが現世と終わったゲーム世界をつなぐゲートとなる」

    「これが……」

    「“喪界クラウド”を通じて終幕彼女エンドロールはこの世に再び生を受ける。そのためには“霊在子ザイン”という特殊な力が必要だがな」

    今、私がいるのは学園の地下研究室。

    一般生徒には公開されていない場所だそうです。

    ここには、古い“サーバー”というネットワーク装置をいくつもつなげてできた異形の機械と、ボタンやツマミがたくさんついていて何をどう触っていいのかちんぷんかんぷんなコンソールがあります。

    雛乃ちゃんいわく、この喪界クラウドというものから私は生まれたそうです。

    また、雛乃ちゃんたち他の終幕彼女も同じです。

    日曜日の今日、私は雛乃ちゃんに学園の案内をしてもらっています。

    私にとっては来学2日目。

    昨日の怪物襲撃は土曜日だったため、幸い生徒がほとんどおらず、大きな騒ぎにはならなかったと聞きました。

    「ルノアがおればもう少し詳しい説明もできたが……すまんな。あやつは夜行性ゆえ午前中はいつも寝ておる」

    「夜行性……」

    ルノアちゃんというのは、屋上にいた妖精のような見た目の女の子のこと。

    かなり小柄で、ぱっと見、小学生のように見えましたが、同じ学園に通う高校生だと聞いて驚きました。

    雛乃ちゃんいわく、彼女は技術的な知識が豊富で、終幕彼女システムの運用や研究の手伝いをしているそうです。

    「喪界クラウドの役割は、終幕彼女の転生だけではない。“断章ロストコード”のサルベージも重要じゃ」

    「ロストコード……?」

    「ああ。終幕彼女たちの生きた痕跡、それが“断章ロストコード”。余のいた『戦国百華』で言えば、刀や甲冑などの武具や回復薬のようなアイテムかのう」

    「えっと、元の世界で使っていたものが取り出せるってことですか?」

    「うむ。やはり手になじむもので戦った方がよいからのう」

    つまり、終わってしまったゲームの中で使われていた武器やアイテムをこの世界に持ち込むことができるということです。

    魔法の杖とか竜の鱗でできた鎧とか、ファンタジーなものも持ち込めるのでしょうか?

    ルノアちゃんの大きな斧や、ヴェルヴェットさんの使っていた銃もそうだったのかもしれません。

    「それに、ゲーム内の武器やアイテムには特殊効果があったりするであろう? 刀から炎や氷が出るとか、薬草を食べただけで傷が全快するなどのように」

    「あ、はい、そうですね」

    「断章は、ただ手になじむというだけではなく、そういうゲーム内の効果を現実に持ち込むことができる。普通なら、刀から炎や氷など出んし、食べただけで傷が治る草など存在せんが、それが現実世界でも可能になる」

    「なるほど……それは心強いですね」

    「断章に限らず、余ら終幕彼女にしても同じだがな。ゲーム内で設定されていた特性が、すべてではないが、この現実世界でも発揮できる。たとえば余は、ゲーム内で“火属性”に分類されておったから、現実世界でも刀や体にある程度の炎をまとうことができる。それが余らの強みじゃ」

    確かにそれは大きなアドバンテージです。

    現実には存在しない架空の能力を使って敵と戦うことができるわけです。

    ともあれ、死んだはずの私たちが、失われた世界の武器を手に、この世界の侵略をもくろむ敵と戦うというのは、ドラマチックな展開です。

    ……私が戦うというのは、いまいちイメージできませんが。

    「それって、私の元いた世界からも取り出せるんですか?」

    「断章のことか? もちろんじゃ」

    「なら、それをヒントにして、私が過去どんな人だったのか探ることもできますね!」

    記憶がないというのは、心許ないものでした。

    巣をなくした鳥のような、糸の切れた凧のような。

    自分がかつてゲームの中に存在したんだと言われても、終幕彼女という肩書きを与えられても、記憶を取り戻さない限り、私はどの世界にもつながらない迷子ストレンジャーなのです。

    「ああ。だが、サルベージした“断章”は、錆びていたり、壊れていたりして、使える状態ではなくてな」

    「え? それじゃ意味が……」

    「それも、さっきも話した“霊在子”があれば復元できる。そもそも“霊在子”がなければ余らはこの世界に存在すらできん。“霊在子”とは、万物に宿る存在の力。物質や生命が“ありのまま”であるための必要なものじゃ」

    “霊在子”がないと私たちは存在できない。

    昨日、戦いを終えた屋上で、学園長がそんなことを言っていた気がします。

     

    『……プレイヤー。お前には特別な力がある。彼女たちが戦えるのも、こうして生きていられるのもお前のおかげだ』

     

    あの男の人……“プレイヤー”さん。

    私のことを知っていた、不思議な人。

    なぜか焦がれるような目で私を見つめた人。

    彼が持つ特別な力が、“霊在子”。

    あるじ……プレイヤーと学園長は呼んだが、あやつは膨大な“霊在子”のタンクなのじゃ」

    雛乃ちゃんは、両手でめいっぱいに大きな円を描いてみせます。

    「底なしの“霊在子”を持つ、世界で唯一の人間。余らはあやつなしでは生きられん」

    “霊在子”、それは空気のようなものなのでしょうか。

    それとも栄養のようなもの?

    ともかくそれが、つまり彼が、私たちの生命を握っているということです。

    雛乃ちゃんは、一瞬緊張した顔を見せた後、頬を緩めて続けました。

    「逆に言えば、あやつさえおれば余らは何でもできる」

    その笑顔は確信に満ちたものでした。

    プレイヤーさんと雛乃ちゃんは、『戦国百華』の世界でともに戦った仲だそうです。

    この信頼感はきっと、その中で培われたものでしょう。

    ふと、私は気になります。

    雛乃ちゃんは元いた世界でどんなことをしていたのでしょう?

    「何しろ余の実名じつみょうは、織田信長。再び余のカリスマを発揮し、虚霊オーネを討ち払ったのち、天下泰平の世を造らねばならんからのう!」

    織田信長。

    やはり雛乃ちゃんの正体は、あの織田信長だったようです。

    「あの、雛乃ちゃんは織田信長本人なんですか?」

    「もちろんじゃ」

    「じゃあどうしてそんなにかわいらしいんです? 金髪だし、そもそも女の子だし……。織田信長といえば、教科書で見た肖像画では、髭を生やした男性だったはずですが……」

    尋ねると、雛乃ちゃんは困った顔をします。

    「それはその……何というか……よくあるやつなのじゃ」

    「よくあるやつ?」

    「マンガやゲームではよくあるのじゃ。何か知らんが、現世人は過去の偉人をやたら美少女にしたがる謎の習性があるのじゃ」

    「えっ……? 何の目的で……?」

    「目的がわからんから謎なのじゃ」

    「一時の気の迷いでしょうか?」

    「一時ならよいが、困ったことに常時なのじゃ」

    「確かに謎ですね……」

    「おっさんなのにな……」

    「ですね……」

    雛乃ちゃんのようなかわいい子なら、目の保養になるので気持ちはわかります。

    ですが、年かさの男性もそのままで魅力はあるものです。

    雛乃ちゃんの話しぶりでは、織田信長以外にも多くの男性偉人が、現世人の手によって不本意にも美少女化されているようです。

    ご本人たちは草葉の陰でどう思っているのでしょうか。

    「あ、著作権とか大丈夫なんでしょうか? 信長さん的には」

    「戦国最強のフリー素材……それが織田信長じゃ」

    「すごい肩書きです」

    それに、よくよく考えると複雑な状況です。

    雛乃ちゃんは織田信長本人だと言いましたが、彼女も現世人が生み出したゲームの中の人物である以上、実在した織田信長をモチーフとした架空のキャラクターであるわけです。

    雛乃ちゃん自身は織田信長としてつくられているので、当然本人だと言うはずです。

    実在の織田信長をモチーフに、雛乃ちゃんのような架空の織田信長が生まれ、それがさらに現世に現れてしまったのです。

    なんて説明が難しい状況でしょう。

    「ともあれ、今日の案内は余に任せておくがよい!」

    雛乃ちゃんは、どんと胸を張ります。

    そして、ニヤリと笑って言いました。

    「とはいえ、余はかの魔王こと織田信長。少々破天荒な案内になるかも知れん。ふふふ……ゆめゆめ油断せんことじゃ」

    ギラリと光る眼光。なんという迫力でしょう。

    ただ学園を案内するのに、一体どんなことがあるというのか、私はドキドキしてしまいます。

    思えば、あの織田信長に学園を案内してもらうなんて、なかなかあることではありません。

    「はいっ! よろしくお願いしますっ!」

    私は一言一句聞き漏らすことのないよう、心して案内されようと決めました。

     

     

    *****

     

     

    次に案内されたのは、食堂でした。

    入り口に券売機が4台置かれていて、席数を見ると、おそらく300~400人は入るでしょう。

    「わぁ広いですね……それにきれいです」

    「昼食はもちろん、朝食も夕食もここで出してもらえる。余らは寮生活ゆえ、毎日世話になっておるな」

    「メニューもたくさん……どれもこれも食べたくなっちゃいますっ!」

    和洋中取りそろえた豊富なメニューに、ついわくわくしてしまいます。

    壁に貼られたメニュー表に目移りする私に、

    「……もしかしてお前」

    と、雛乃ちゃんは突然険しい顔つきになって言いました。

    「……“大食い”属性持ちか?」

    「“大食い”属性? 何ですかそれ?」

    雛乃ちゃんの言っている意味がわかりません。

    なぜそんな神妙な顔をしているのかも。

    「いや、そういう設定持ちがたまにおってな……その場合、際限なく飯を食うから食堂のおばちゃんたちに言っておかねばならんのじゃ。いや、違うのならよい」

    「そうですか……」

    設定……。

    いくら大食いだと言っても、そんなに際限なく食べることなどできるのでしょうか。

    終幕彼女にはまだまだ謎が多いです。

    「ちなみに雛乃ちゃんは何が好きなんですか?」

    「余か? 余は卵焼きとかハンバー……いや、ではない!!」

    雛乃ちゃんは言いかけて自ら否定すると、あわててぶるぶる首を振ります。

    そして眉根を寄せ、うんうんと熟考を重ね、満を持して答えました。

    「その……生肉じゃな」

    「な、生肉ですか??」

    「イノシシとか」

    「イノシシ!」

    「生き血もすする」

    「生き血も!?」

    「余は魔王と言われたカリスマ武将ゆえな。食事も破天荒じゃ」

    「そういうものなんですね……」

    ゴクリ……驚きました。

    こんなかわいい顔をして、生肉をむさぼるそうです。

    確か織田信長と言えば、殺した敵の頭蓋骨でお酒を飲んだというエピソードも残っています。

    生き血もそうやってすするのでしょうか?

    「織田信長ともなると、食事も荒々しいんですね」

    「ふふん、その通りじゃ。普通であろう、普通であろうとしても、やはり漏れてしまうのじゃ。生まれつきの破天荒がな」

    「なるほど、生まれつきの破天荒が……」

    私が感嘆の声を漏らした、その時です。

    「――あー、雛乃ちゃーん? 明日の朝ごはん、いつも通り焼き鮭と卵焼きでいーい?」

    「な!?」

    キッチンの奥から聞こえてきた、のんびりとした声。

    それは、割烹着に身を包んだおばさまで、どうやら雛乃ちゃんが言っていた“食堂のおばちゃん”のようです。

    「あんた、それ大好きだもんねぇ?」

    「うっ……」

    まったく悪びれない笑顔。

    一方の雛乃ちゃんは口元をひくつかせます。

    「べ、別にそんなことはっ……!」

    そして反論を試みようとしますが、

    「だもんねぇ?」

    おばさまの無邪気な笑顔に逆らえません。

    苦しげな顔で、目線を泳がせながらこくりと頷きます。

    「う、うむ、そうじゃ……」

    「はーい。かしこまりましたー」

    おばさまはにこにこしながら、またキッチンの奥へ引き返していきます。

    「「……」」

    残された雛乃ちゃんと私を、沈黙が支配します。

    よく事情はわかりませんが、雛乃ちゃんは恥ずかしそうに下を向き、額に汗をかきながら、顔を真っ赤にしています。

    ふと私は思い出します。

    小学生の頃、「俺は忍者の末裔」と事あるごとに言っていた同級生の下山くんが、跳び箱で三段も跳べなかった時に見せた顔とそっくりだなと。

    もしかしたら、ここは聞こえなかったふりをするべきだったのかもしれませんが、あいにく一言一句聞き逃すまいと誓ったばかりの私です。

    「え、えっと……焼き鮭と卵焼き、おいしいですよね!」

    だから私はフォローを試みますが、成功していたかはわかりません。

    すると、雛乃ちゃんは吹っ切れたように、腰に両手を当て、ふんぞり返ります。

    「ま、まあ、天下人というもの、そういう庶民の食事も知っておかねばならんからな! ふは、ふははははは!」

    なるほど。

    本当は生肉をむさぼり、生き血をすすりたいのに、庶民の暮らしを知るために、雛乃ちゃんは焼き鮭と卵焼きを毎朝食べていたのです。

    これが天下人の姿勢か、と私は頭が下がる思いでした。

    「ふはは! ふははははははっ!」

    誰もいない食堂に、雛乃ちゃんの高笑いは響き渡りました。

     

     

    *****

     

     

    その後も、私は雛乃ちゃんに連れられ、学園のあちこちを見て回りました。

    木製の下駄箱、設備の新しい体育館、よく整備されたグラウンド。

    どこもきれいで、とても素敵な学園だと思いました。

    「最後に、ここが教室じゃ」

    「えっと、私もここで授業を受けるんですよね?」

    昨日、そのように学園長から言われました。

    こちらの世界に不慣れな私たちのために、現世の常識や、この世界で学ばれている学習カリキュラムをアレンジして教えてくれるそうです。

    「ああ、そうじゃ。この教室は終幕彼女だけの特別学級になっておる」

    「そうなんですね……」

    私たちと一般の生徒さんたちは教室が別のようです。

    この世界の人たちと私たちとでは、やはりいろいろな点で違いがあるのでしょう。

    教室は特別狭いわけではなく、40人ほどが学べる大きさなので、私たち5人で使うとなると、少し寂しい感じがします。

    あるじもここで一緒に授業を受けることになる」

    「プレイヤーさんも?」

    「ふふ、余らは一心同体じゃ。元いた世界でもそうであった」

    雛乃ちゃんは思い出に浸るように語ります。

    「主と余の出会いは物語の序盤でな? 余は主の右腕といっても過言ではない。要は最古参。主のことを最もよく知っておるのも余であろうな」

    雛乃ちゃんは胸を張り、鼻の穴を広げます。

    戦国最強の最古参アピールです。

    「そして主も、余のことを特別視しておったに違いない。『戦国は君がいなきゃ始まらない』『雛乃がいるから僕は戦える』……主が放った珠玉の名言は、余の心の帳面にすべて記録されておる」

    胸に手を当て、頬を赤らめる雛乃ちゃん。

    この感じ……。

    私は尋ねてみます。

    「あの、主さんと雛乃ちゃんはお付き合いされていたんですか?」

    「ぶふっ!?」

    突然、漫画みたいに吹き出した雛乃ちゃん。

    過去の世界の雛乃ちゃんのことが気になったので聞いてみたのですが……。

    彼女は真っ赤になってまくしたてます。

    「お、お付き合い!? そ、そんなわけ、あるわけがなかろう!?」

    「すみません、そんな感じの口振りだったのでてっきり……」

    「ま、まあその、何じゃ? 主がそういうつもりだと言うのなら余もその、まんざらでもないというか……って、何を言わせるんじゃ!?」

    あわてるあまり、1人ノリ突っ込みを披露する雛乃ちゃん。

    さすが戦国最強のカリスマは、ノリ突っ込みも華麗です。

    とはいえ、私の質問も率直すぎたと反省します。

    でも、つい2人の関係が気になってしまって……。

    2人が深い絆で結ばれた関係だと思うと、私はどこかもやもやして、不思議な気持ちになったのです。

    「ま、まあよい。それより、お前の席はここじゃな。名前のシールが貼ってある」

    「あ、本当ですね」

    私の席は、教卓に一番近い、真ん中最前の席でした。

    不慣れなことが多い私なので、そのための配慮でしょう。

    「じゃあ雛乃ちゃんの席は?」

    「余の席か?」

    そう言うと、雛乃ちゃんは「ふふん」と鼻を鳴らし、ふんぞり返りました。

    「余に席などない」

    「え?」

    「もう一度言う。余に席などない」

    「……もしかしていじめらているんですか?」

    「違うわ!」

    「私でよければ力になりますが……」

    「だから違うと言っておろうが!」

    全身のバネを生かして突っ込んでくる雛乃ちゃん。

    異端児ほど迫害を受けるもの。

    ですが、私の心配は杞憂に終わったようです。

    「戦国最強のカリスマをこんな小さな席に縛ることなどできんということじゃ」

    「なるほど……!」

    さすが戦国最強のカリスマです。

    自分の席があることを、“縛られている”などと感じたことなどない、平凡庶民の私です。

    大変感銘を受けました。

    「あ、でも、この席に“織田雛乃”ってシールが貼ってありますよ?」

    「……ん?」

    「ほら、これです」

    「あ、ああ……まあ形だけな」

    「……座らないんですか?」

    「…………」

    細い眉を寄せて考える雛乃ちゃん。

    そしてまたきょろきょろと目を泳がせて答えます。

    「…………座るけど?」

    「あ、座るんですか?」

    「ま、まぁ、その、たまには?」

    とても居心地が悪そうな顔をする戦国最強のカリスマ。

    昨日TVのアニマル番組で見た犬が、バレバレのいたずらを必死で飼い主から隠そうとしている時の顔が、ちょうどこんなだったなと思い出します。

    また私はまずいことを言ってしまったのかもしれません。

    うまく聞き流した方がよかったのかもしれません。

    ですが皮肉なことに、私は一言一句聞き逃さないと決めてしまっていたのです。

    雛乃ちゃんは、視線を横にそらしながら言います。

    「……その……学園長……怒ると怖いし?」

    「ああ……確かに……」

    学園長室で、雛乃ちゃんと咲ちゃんが、掃除をさぼっていたことを叱られていたのを思い出します。

    想像で言ってしまっては悪いですが、かなり厳しそうな人でした。

    「あ、そうか!」

    私は思いつきました。

    「雛乃ちゃんが怒られると、授業が進まなくなってみんな困っちゃうからですね?」

    「む?」

    「本当は教室の狭い席になんて縛られるはずがないのに、みんなのためを思って、恥を忍んで座っているっていうことですね!」

    だって、初対面の時から優しくて、とても責任感の強そうな雛乃ちゃんです。

    「あ! そ、そう! それ!」

    雛乃ちゃんは、「それ採用!」とでも言うように、私の顔を指さします。

    正直、「今決めた感」がありありと漂っていますが、戦国最強のカリスマの遠大な考えが、私程度の庶民にわかるはずもありません。

    「天下人たるもの、常に庶民のことを考えねばならんからな? そのためには多少自分を曲げることも必要じゃ! うん、そう!」

    「さすがです! それこそ織田信長です!」

    「その通りじゃ! ふはっ! ふははははははっ!」

    どこか淋しい夕暮れの教室に、雛乃ちゃんの高笑いが響きました。

     

     

    *****

     

     

    寮へ戻ると、雛乃ちゃんが案内の終了を告げました。

    「とまあ、こんなところじゃ。寮のことは初日に説明したが、またわからんところがあれば余に聞くがよい」

    「はい! 今日はありがとうございました!」

    「苦しゅうない。万事余に任せておけばよい」

    「えへへ、雛乃ちゃんは頼もしいです!」

    「うむ、うむ、そうであろう」

    雛乃ちゃんは満足そうに頷きます。

    そして私に尋ねました。

    「……で、どうであった?」

    「あ、はい、とってもいい学園だと思いました!」

    「そうではなく」

    雛乃ちゃんはふるふると首を振ります。

    「そうではなく、余の案内ぶりはどうであったかということじゃ」

    「えっと……」

    一瞬私は考えて、

    「案内ぶりですか? もちろんとても丁寧でわかりやすかったです!」

    「……」

    ですが、雛乃ちゃんの反応はイマイチです。

    彼女の求めていた答えとは、どうやら違ったようです。

    「そうではなく、余は信長らしかったか、ということじゃ!」

    「……信長らしかった?」

    私は首を傾げます。

    私がよく理解していないのを察してか、雛乃ちゃんは説明をしてくれます。

    「繰り返すが、余は“織田信長”である」

    「はい」

    「織田信長というのは、その、ぶっちぎりでキャラの立った、大人気の武将であろう?」

    「そうですね」

    「ゆえ……信長らしかったかと聞きたいのじゃ。こんなこと、誰にでも聞くわけではない。優愛、お前の心の清さを見込んで聞いているのじゃ」

    「……」

    なんとなく、私は理解しました。

    雛乃ちゃんは、織田信長の化身として生まれました。

    である以上、みんなは雛乃ちゃんに、「織田信長らしさ」を求めます。

    人気ナンバーワンの戦国武将。

    日本史上最強のフリー素材。

    文献にいくつも興味深い逸話が残されていますが、誰も本人を見たことはありません。 

    「織田信長である以上、余は常に破天荒で、カリスマで、魔王であることを皆に期待されておる」

    雛乃ちゃんの顔は真剣そのものでした。

    彼女はなんて大きなプレッシャーと戦っていたのでしょう。

    ここにいたり、私はやっと彼女の心中を察しました。

    彼女はあまりに大きな存在、日本史にそびえたつ巨人・織田信長として生まれたために、皆が期待する織田信長像を実現しようと日々努力していたのです。

    今日の案内の間だって、そうだったのです。

    「で、どうだった?」

    「え、えっと……」

    予想外の質問だったので、私は今日のことを懸命に思い出します。

    地下研究室での会話は、とてもしっかりされていたと思います。

    カリスマであったかどうかと言われれば、私はカリスマだったと思います。

    食堂では、「イノシシの生肉や生き血を食らう」という破天荒な食生活を披露されましたが、食堂のおばちゃんにより、「実は焼き鮭と卵焼きが好き」という一面も暴露されました。

    教室では、「自分の席など必要ない」というエネルギッシュな考えを述べた一方で、「学園長に怒られるのが怖い」というディフェンシブな面も見せました。

    そして、主さんとの仲を尋ねた時は――。

     

    『お、お付き合い!? そ、そんなわけ、あるわけがなかろう!?』

     

    『ま、まあその、何じゃ? 主がそういうつもりだと言うのなら余もその、まんざらでもないというか……って、何を言わせるんじゃ!?』

     

    ……。

    私は真剣に考え込みます。

    そんな私の回答を、雛乃ちゃんはそれ以上に真剣な面もちで待っています。

    私は顔を上げ、答えました。

    「……まさに信長そのものでした」

    「(ぱぁぁぁあああああっ)」

    その時の雛乃ちゃんの顔は忘れようがありません。

    まるで大輪の花が咲いたような、ちょっとした病気ならたちどころに治りそうな、満面の笑顔でした。

    「……そうじゃろう! そうじゃろう!!」

    そして得意の高笑いを響かせました。

    「余は第六天魔王・織田雛乃であるからのう!! ふはははははははは!!」

    私の顔も、負けじと綻んでいたことでしょう。

    喜んでもらえて私も嬉しいです。

    雛乃ちゃんはずっと、みんなが考える信長らしくあろうとしていたのです。

    悪魔と神が一体になったかのような大英霊・織田信長を演じるために、彼女なりに一生懸命考えたのです。

    あの高笑いも、何度も練習したのかもしれません。

    だって、あの見た目です。

    小柄だし、金髪だし、そもそも女の子だし、実際の織田信長とは似ても似つきません。

    なのに、織田信長として生まれたプレッシャーから逃げず、真正面からみんなの期待に応えようと日々努力しているのです。

    誰にも言われないのに、みんなのために。

    そんな彼女が、只者であるはずがありません。

    その偉大さは、私にとっては織田信長そのものでした。

    「……優愛、これもお前だけに言うが」

    雛乃ちゃんは声のトーンを落として言いました。

    そして、瞳を剣呑に光らせると、堰を切ったようにまくしたてました。

    「現世人は織田信長を好き放題しすぎじゃ! 美少女にするのはまだいい! でも犬にしたり武器にしたりロボにしたり無茶苦茶すぎる! そんなわけのわからんものとして生まれた人間の気持ちも考えよ!! 余は、地味な食べ物が好きだし、家でごろごろするのも好きだし、史記も荘子も読まなくて、愛読書は少女漫画なのーーー!!」

    一息で叫び終え、はぁはぁと息を切らす雛乃ちゃん。

    最初は声を落としていたのに、始まったら大声が止まらなくなってしまった雛乃ちゃん。

    何と言えばいいのでしょう、積年の恨みのこもった一言でした。

    「これハラスメントだから! 織田ハラだからーーー!!」

    織田ハラ。

    それは、不遇な彼女にふりかかる、織田信長というカリスマであることを強要されるハラスメントのことでした。

     

    ――織田雛乃ちゃん。16歳。

    出身は、戦国RPG『戦国百華』。

    織田信長として生まれ、誰よりも織田信長らしくあろうとする、優しい普通の女の子。

    どうやら彼女は大変な苦労人だったようです。