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終幕彼女

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  • 6話①理系ドワーフと世界一かわいいマスコット

    ――優愛。

     

    ――優愛。

     

    どこからか名前を呼ぶ声が聞こえて、私は目を覚ましました。

    だけど、周りには誰もいません。

    それどころか、何もありませんでした。

    本当の意味で、何も。

    物もなく、音もなく、私は独りきりでした。

    周囲は墨で塗りつぶしたように真っ暗で、私は目を開けているのか閉じているのかさえわかりません。

    ――優愛。

    また声が聞こえました。

    「はい! 私はここです!」

    でも、声の主がどこにいるのかもわかりません。

    そして相手を呼ぼうにも、私には相手の名前がわかりませんでした。

    とても大事な人だった気がするのに。

    ずっと隣にいてくれた人のような気がするのに。

    ――助けて……。

    今にも消え入りそうな声でした。

    私に助けを求めています。

    「大丈夫ですか!? どこにいるんですか!?」

    私は声を張り上げますが、それは口から放たれた途端、闇の中に飲まれていきます。

    ――助けて……。助けて…………。

    ――助けて………………。

    助けを呼ぶ声が重なります。さっきとはまた別の人の声。

    「いや……」

    私は怖くなりました。

    私は何もできないのに、助けを呼ぶ声ばかりが膨らんでいって。

    どうにか手探りで進んでみるものの、手は空中をかくばかりで、どこにも行き当たりません。

    そのうちに、声は悲鳴に変わりました。

    「やだっ……!」

    何かに襲われているような悲鳴。

    恐怖と困惑が入り混じった悲鳴。

    「やめてっ……やめてっ……!!」

    私は耳をふさぎます。

    だけど悲鳴はどんどん膨らんで、私の鼓膜を支配します。

    私は独りきり、光の射さない暗闇で、知らない人の悲鳴に囲まれて……。

    「いや――――――――っ!!」

     

    ――そこで私は目を覚ましました。

     

    寮のベッドの上。私は夢を見ていたようでした。

    「また同じ夢……」

    私は息を切らしていて、寝間着は汗でぐっしょりでした。

    実は、この夢を見るのは初めてではなく、この学園に来てから毎日のことでした。

    「どうしてこんな夢を……」

    一つ小さくくしゃみをして。

    「体が冷えちゃう……着替えなきゃ。下着の替えあったかな?」

    ベッドを出て、タンスの中を覗きます。

    下着の替えは一つだけありましたが、それ以外はなく、ガラガラの引き出し。

    部屋の中を見回しても、あるのは壁にかかった学園の制服が一着だけ。

    肌にはりついた寝間着をつまみ、ため息をつきます。

    「寝間着は、今洗えば夜までには乾くかな……?」

     

     

    *****

     

     

    来学3日目の朝、私は学園長室に呼ばれました。

    「……お買い物ですか?」

    「ああ、そうだ。最低限のものは用意しといたけど、足りないものもあるでしょ? 自分で買ってくるといいさ」

    「……い、いいんですか?」

    確かに、学園長の言う通りでした。

    寮には、制服に寝間着、そのほか替えの下着からタオル類、シャンプーや化粧水などもあって、ちょっとした旅館のようでした。

    ですが、毎日暮らしていくためには、やはり不足があります。

    特に服や下着に限りがあり、今朝みたいなことがあると、困るのも事実で……。

    「で、でも贅沢は言えませんし、私は今のままでも……」

    「こら、嘘をつくな」

    「……でも……」

    「いいさ。気にするのなら、現世の勉強だと思えばいい」

    「現世の勉強?」

    「ああ。街を見てこの世界に慣れるのも仕事のうちだ」

    学園長は有無を言わさず、私に小さな合皮製の財布を渡します。

    「ひとまず2万円入れてある。少なくて悪いけど」

    「い、いえ、そんなっ、十分すぎます!」

    「1人じゃ心配だから、彼女たちと一緒に行ってくれ」

    「彼女たち?」

    するとタイミングよく、学園長室のドアがノックされました。

    「来たね。入ってくれ」

    学園長の返事に応じて現れたのは、妖精のような見た目の女の子。

    「……おはよ。ルノアだよ」

    「あ、おはようございますっ!」

    昨日、雛乃ちゃんから夜行性と聞いていたルノアちゃんです。

    すごく眠そうに、小さな手の甲で目をこすっています。

    相変わらず肌が雪のように白くて、神聖な感じのする女の子です。

    そしてもう1人。

    いえ、1人と言うのは正しいのでしょうか?

    ルノアちゃんの頭の横に、フリフリの服を着た羊のようなかわいらしいぬいぐるみが浮かんでいました。

    「はじめまして! しゅぷーですの!」

    「え? しゅ、しゅぷーちゃんですか?」

    しゃ、しゃべりました……!

    私は目をぱちくりさせます。

    どうやら彼女……? は、ぬいぐるみではなかったようです。

    「……ああ、わかるですの。わかるですの」

    すると、しゅぷーちゃんは、戸惑う私をなだめるように、蹄のついた短い右手をぱたぱたさせて言いました。

    「急にこんな愛らしい妖精が現れたら正気を失うのも当然ですの」

    「は、はい……?」

    「しゅぷーを一刻も早く抱きしめたいのはわかるですの。でも、が・ま・ん・ですの」

    おあずけです。

    私はぬいぐるみのような生き物におあずけをされました。

    何だか認識の齟齬がある気がしますが、彼女がかわいいのは事実なので、私は返す言葉がありません。

    全身ふわふわだし、着ている服もロリータ風だし、声も胸をくすぐるような愛らしさで、まるでかわいいの塊みたいな子なのです。

    「それともグッズ化の打診ですの?」

    「ぐ、グッズ化?」

    「しゅぷーはかわいいからわかるですの。それなら正規の手順を踏んでほしいですの。まずはこの書類に、グッズ化の内容、用途、予定販売価格と取扱店舗の概略を……」

    「こら、シュプーア」

    すると、学園長が助け船を出してくれます。

    「優愛が困ってるだろ。ちゃんと自己紹介しな」

    どうやらぬいぐるみのような彼女は、正式にはシュプーアという名前のようです。

    「……学園長はつまんないですの」

    頬をぷくっと膨らませ、やむなく自己紹介を始めるしゅぷーちゃん。

    「しゅぷーの出身は、『ミラージュ・オンライン』。ここにいるルノアと同郷ですの」

    「あ、そうなんですか?」

    「うん」と、ルノアちゃんが頷いて、続けます。

    「しゅぷーは、『ミラージュ・オンライン』におけるガイド役。旅のはじめから団長と一緒だった」

    「そうですの! プレイヤーが無事に冒険できたのも、しゅぷーのおかげですの! ふふん!」

    “団長”というのは、『ミラージュ・オンライン』におけるプレイヤーさんの呼び名のようです。

    ゲームごとに別の呼び方をされているようなので、私だったら混乱してしまいそうです。

    「『ミラージュ・オンライン』は8年以上続いた長寿ゲームですの。しゅぷーがガイド役を務めなければ、それだけ長くは続かなかったはずですの……!」 

    小さな体をのけぞらせて、鼻息を荒くするしゅぷーちゃん。

    ちょっと雛乃ちゃんっぽいです。

    私は「あの……」と声をかけ、小さく手を上げながら質問をします。

    「……ガイド役というのは?」

    一瞬、学園長とルノアちゃん、そしてしゅぷーちゃんが顔を見合わせ、「そうか知らないのか」と納得し合います。

    「どういうことをするんですか?」

    私が尋ねると、しゅぷーちゃんが動きました。

    「たとえば、こういうことですの」

    「……これは?」

    「ログボですの」

    「ログボ??」

    私は、手のひらに置かれた飴玉を見つめます。

    しゅぷーちゃんは、懐から大きな飴玉の袋を取り出し、その中から飴玉を一つ、私に手渡したのです。

    「……これはもらっても?」

    「もちろんですの。明日もしゅぷーに会いに来たらもう一個あげるですの」

    何だかさらに疑問が深まった気がしますが、これ以上質問を繰り返してもドツボにはまる気がします。

    「えっと……しゅぷーちゃんはサービス精神旺盛なガイド……なんですね」

    すると、ルノアちゃんが静かに訂正します。

    「そんなことない。スマホRPGによくいる普通のマスコット。ご多分に漏れず語尾があざとい」

    語尾というのは、あの「ですの」というものでしょうか。

    私にはよくわかりませんが、ご多分に漏れないそうです。

    ですが、すぐさま反論したのはしゅぷーちゃんです。

    「ルノア! 何を言ってるですの!? しゅぷーは世界一かわいいマスコットキャラですの!」

    すごい自信です。

    「現世に来て、色んなゲームのマスコットキャラと比較したから間違いないですの!」

    なるほど、と思いました。

    普通、ゲーム内のキャラクターはそのゲームのことしか知りません。

    ですが、現世に転生すれば、色々なゲームを操作者の立場で見ることができます。

    これは終幕彼女エンドロールならではの視点だと思いました。

    「ともかく。現世では優愛のガイドもするですの。だから、どーんとしゅぷーに任せるですの!」

    「わぁ、本当ですか? それは心強いです!」

    「はぁ……優愛は素直でかわいいですの」

    私の顔を見て、感慨深げなしゅぷーちゃん。

    「優愛は思った通りの反応をしてくれるから満足ですの……」

    普段みなさんがどんな反応をしているのか気になりますが、私を気に入ってくれたなら何よりです。

    「じゃあ、ルノアも自己紹介ね」

    「うん」

    学園長に促され、ルノアちゃんはこくんと頷きます。

    「ルノアだよ」

    「……」

    「……」

    以上です。

    「よ、よろしくお願いします」

    「うん」

    以上です。

    どうやらあまり口数の多いタイプではないようです。

    「……やむをえん。私から説明するか」

    すると、ため息混じりに学園長が補足してくれます。

    「さっきシュプーアが言った通り、彼女も『ミラージュ・オンライン』の出身だ。『ミラージュ・オンライン』は王道ファンタジーRPGの代名詞と言われるゲームで、登場するキャラクター数も屈指だ」

    ファンタジーと言えば、剣と魔法の西洋世界、といった感じでしょうか。

    ルノアちゃんは制服の上に変わった模様のマントを羽織っていて、どこかの民族衣装かなと思っていましたが、架空のファンタジー世界のものだったようです。

    「種族はドワーフ。武器や防具づくりに長けていて、こちらに来てからは各種工学に興味を持ってる。だから、終幕彼女システムの開発や運用の手伝いをしてもらってるんだ」

    そのことは、昨日、雛乃ちゃんからも教えられました。

    ルノアちゃんはとても賢い子のようです。

    「ただ、天才ゆえか少し人と感性が違う。悪気はないから許してやってくれ」

    「なるほど」

    得心したとばかりに、ぽんと手を打つルノアちゃん。

    「ルノアのことを言ってるんですの」

    「なるほど」

    ぽん。

    「……まぁいいですの」

    天才とは自分自身には無頓着なものと聞いたことがあります。

    かの天才・アインシュタインも、自宅の電話番号を覚えていなかったとか。

    だからルノアちゃんはよほどの頭脳の持ち主なのでしょう。すごいです。

    「でも、いい子だから安心するですの! 同郷のしゅぷーが言うから絶対ですの!」

    「わぁ、そうなんですね!」

    確かに、悪い子のようには思えません。

    口数が少ないのも、ただ純粋なだけのように見えます。

    「ではルノア? 今ハマっている本は?」

    「(株)ハザマの新版歯車カタログ」

    「朝起きてまずやることは?」

    「目覚まし時計の分解」

    「誕生日に一番欲しいものは?」

    「新しいはんだごて」

    「……とまあ、今流行の理系女子ですの!」

    私の中の理系女子の定義が揺らぎ始めました。

    少々理系の度がすぎる感はありますが、ルノアちゃんが悪い子ではないというのは確かです。

    口数が少ないぶん、やや会話に不安はありますが、一緒に買い物へ行けば、きっと仲良くなれるはずです!

    「今日はルノアとしゅぷーが同行するですの! では、レッツゴーですの!」