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終幕彼女

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  • 6話②独りきりのドワーフ

    学園を出ると、バスと電車を乗り継ぎ、街の中心部へと出ました。

    街には人通りが多く、高いビルがいくつも建ち並び、おしゃれな店もたくさんあります。

    私が知っている、東京の街並みと変わらないなと思いました。

    そのことを話すと、しゅぷーちゃんが言いました。

    「優愛は東京を知ってるですの?」

    「東京? はい。あ、ここも東京って言うんですか?」

    「そうですの」

    「えっと、どういうことでしょう??」

    「あ、わかったですの。優愛のいた世界は、現世をそのままモチーフにしていたってことですの」

    「あ、なるほどです……」

    架空のゲーム世界と言えど、いつも想像上の世界が舞台とは限りません。

    現世をそのまま舞台にしたゲーム世界もあるということです。

    だんだん現世とゲーム世界の関係を理解してきました。

    ということは、永花学園は関東にあるということですね。

    自分の知っている地理観が同じとわかって、私は少し安心します。

    「しゅぷーたちのいた世界は現世とはまったく別のファンタジー世界ですの。そういう意味では、優愛は現世になじみやすいかもですの」

    最初に訪れたのは、大きなショッピングモールの中にある服屋さん。

    高いものは買えないし、必要もないので、ファストファッションのお店を見つけて入りました。

    しゅぷーちゃんが空に浮いていると人目に付くので、私は彼女をお腹の前で抱っこして店内を回ります。

    常にぬいぐるみを抱きながらお店を巡る私は、はた目にはかなりファンシーな子ですが、しゅぷーちゃんの類まれなるかわいさが誇示できるのでまんざらでもありません。

    通り過ぎる人たちがしゅぷーちゃんをチラ見すると、「どうですかわいいでしょう」と鼻息を荒くしたくなる気持ちです。

    しゅぷーちゃんは、腹話術の人形のように口元だけを動かして、小声で言います。

    「まずは私服が必要ですの。好きなのを選ぶですの」

    「あの、制服があればひとまずはいいですよ? 悪いですし……。下着の替えさえあればひとまずは……」

    「年頃のJKが何を言っているですの。構わず選ぶですの」

    「は、はい……」

    私はなるべく値の張らないものを探し、夏用のアンサンブルと涼しげな色のスカートを手に取りました。

    すると、しゅぷーちゃんの目がきらりと光ります。

    「……今安いものから選んだですの」

    「……だ、だめですか?」

    「遠慮するなですの。そう学園長からも言われてるですの」

    「そう言われても……」

    「さっき見てたワンピース。本当はあれが欲しかったはずですの」

    「う……」

    私の考えていることなどお見通しのようです。

    しゅぷーちゃんの言う通り、さっき私はとてもかわいい花柄のワンピースを見つけましたが、少しお値段が張ったので、後ろ髪を引かれながらもそっとその場を離れたのです。

    「買うですの」

    「でも……」

    「買うですの」

    「……はい」

    私は遠慮がちに踵を返し、かわいいワンピースのところへしずしずと戻ります。

    「いい子ですの」

    そんな私を、しゅぷーちゃんは褒めてくれます。

    まるでお母さんみたいだと思いました。

    私はこの世界に体一つで生まれ落ちて、学園長や他のみんなに頼らないと生きていけません。

    まだ何もお返しができなくて、だからなるべく面倒をかけたくありませんでした。

    そんな私の心中を見透かしたように、しゅぷーちゃんは購買意欲の著しく低い私の背中をぐいぐいと押してくれます。

    私は今日、唯一の外出着である制服を着て、買い物に来ています。

    この制服もお気に入りですが、すれ違う人たちは、みんな思い思いのかわいい服を着ていて、それに目移りしていたのも事実です。

    私はもしかしたら意外とファッション感度の高い人だったのかもしれません。

    「……ありがとうございます」

    「どうしたですの?」

    「……いえ、ただそう言いたくて」

    この胸の内を伝えたら、またしゅぷーちゃんは優しくしてくれるので、私は思いとどまりました。

    これ以上甘えるわけにもいきません。

    「おかしな優愛ですの」

    ただ、しゅぷーちゃんにはこのこともきっとお見通しなのでしょう。

    しゅぷーちゃんは、『ミラージュ・オンライン』が8年も続いたのは自分のおかげと言っていましたが、それは大げさではない気がしました。

    「あ、そうです。ルノアちゃんは何を買うんですか?」

    「……?」

    後ろを振り返ると、ルノアちゃんは服にはまったく目もくれず、頭上で冷風を送り続けるエアコンに興味津々で、送風口に手をかざそうと必死に背伸びをしていました。

    「ルノアは何も買わない」

    透き通った碧と赤のオッドアイで、そう答えます。

    「ルノアは服に興味がないですの」

    困ったものですの、としゅぷーちゃんは肩をすくめます。

    ルノアちゃんも、私と同じくいつもの制服姿。

    理系女子のルノアちゃんにとっては、見た目はわりとどうでもいいことのようでした。

    今度はレジに興味を持ったらしいルノアちゃんは、そちらへススス、と寄っていき、店員さんがレジを巧みに操るのを間近で見つめています。

    「ルノアの機械好きには困ったものですの」

    「あはは……」

    すると、しゅぷーちゃんがルノアちゃんを見て反応します。

    「……まずいですの!」

    「ど、どうしたんですか?」

    「店員さんが離れた隙を狙ってレジに触ろうとしてるですの! あれではコソ泥と間違われるですの!」

    「だ、だめですよ、ルノアちゃーんっ!」

     

     

    *****

     

     

    「間に合ってよかったですの……」

    「あはは、そうですね……」

    無事に必要な洋服や下着類を買い、お店を出た私たち。

    気づいたのが早かったおかげで、ルノアちゃんが現金泥棒というあらぬ疑いをかけられることも避けられました。

    当のルノアちゃんと言えば、車通りの多い大通りを、私の少し後ろできょろきょろしながら歩いています。

    車だとか信号機だとか、見かける色んなものに興味を引かれている様子です。

    まるで違う星にやってきた異星の姫のようです。

    重度の理系女子であるルノアちゃんは、確かに少し変わっているかもしれません。

    だけど同じ終幕彼女エンドロールの仲間です。

    いい機会なので、私は仲良くなろうと話しかけました。

    「えっと、ルノアちゃんは学園長のお手伝いをされてるんですよね?」

    「うん」

    「えらいですね!」

    「別に。ルノアがやりたいからやってるだけ」

    「そ、そうですか……」

    いまいち話が広がりません。

    「えっと、じゃあ、ルノアちゃんはいつも何をしてるんですか?」

    共通の趣味などがあれば話が弾むかもしれません!

    「分解」

    「ぶ、分解……」

    「時計とかゲーム機とか」

    「た、楽しそうですね」

    「うん」

    私みたいな平凡な子が天才のルノアちゃんと同じ趣味を持っているかもしれないなんて、大それた考えでした。

    ほとんど笑わないし、自分から積極的に話もしないルノアちゃん。

    元いた世界でもこんな感じだったんでしょうか?

    それともこっちの世界に来てから変わったんでしょうか?

    「ルノアはマイペースですの」

    気を利かせてくれたのか、私に抱っこされたしゅぷーちゃんがフォローしてくれます。

    「元いた世界でも工匠窟こうしょうくつにこもって武器や防具の開発ばかり。ドワーフ族以外と一切交流を持たなかったですの」

    「そうなんですか……」

    「だけど、唯一なついたのがドワーフ族の危機を救った団長ですの」

    「団長……というのは、あのプレイヤーさんのことですね」

    「そうですの。そこからルノアも“救世旅団”の一員となって、他種族の仲間とも打ち解け始めたですの」

    「じゃあ団長さんがきっかけで……」

    「彼がルノアの世界を変えたですの」

    不思議な人です。

    雛乃ちゃんも咲ちゃんも慕っていたようですし、どこの世界でも信頼を得てきた人。

    私は彼と、ルノアちゃんのいた世界のことをもっと知りたくなりました。

    「ルノアちゃんは団長さんが好きですか?」

    「うん」

    「えへへ、そうなんですね」

    素直にうなずくルノアちゃんに、何だか癒されます。

    「ドワーフ族のみなさんは優しかったですか?」

    「うん」

    「素敵な人たちですか?」

    「うん」

    ルノアちゃんの頬がうっすら紅潮しているのがわかります。

    よっぽど一族のみんなが大好きだったようです。

    ですが、この質問が間違いでした。

    「また会えたらいいですね?」

    「……もう会えない」

    「はい?」

    「みんな死んだ」

    「っ……」

    ルノアちゃんはぴたりと足を止め、少し下を向きました。

    その表情は色を失っていました。

    車のエンジン音と、行き過ぎる人たちの声がやけに遠くに感じました。

    ルノアちゃんは顔を上げ、私をじっと見てもう一度言いました。

    「ドワーフ族のみんなは死んだ」

    「……」

    「旅団の仲間もみんな死んだ」

    「……あ、その……」

    私は言葉を失いました。

    なんて馬鹿な質問をしたんでしょう。

    身勝手な好奇心で、私はルノアちゃんの心の傷に触れてしまいました。

    「……あの、す、すみません……私っ……」

    思わず私は、ぎゅっと、しゅぷーちゃんをきつく抱きしめてしまいます。

    その彼女も私の顔を見上げ、気にするな、と首を振ってくれます。

    でも、悪いのは私です。

    ルノアちゃんも自分の世界を失って、この世界へ来たんです。

    私と違って記憶もほとんど戻っているはずです。

    ドワーフのみなさんとはどれほど長く過ごしたでしょう。

    団長さんがきっかけでできた仲間はどれほどいたでしょう。

    そのすべてを失った悲しみや恐怖はどれほどだったでしょう。

    心臓が脈拍を早め、くらりとめまいがしました。

     

    ――優愛。

     

    「っ……!」

    うっすらと、意識の奥底から、私の名を呼ぶ声がした気がして、身震いしました。

    「優愛? 平気ですの?」

    「……あ、は、はい。平気です」

    しゅぷーちゃんに声をかけられ、意識を現実に引き戻します。

    そして気づきました。

    「あれ? ルノアちゃんは?」

    私はどれだけぼーっとしていたのでしょう。

    すぐそばにいたはずのルノアちゃんを見失ってしまいました。

    「ルノアはここへ入っていったですの」

    「え?」

    しゅぷーちゃんはルノアちゃんの足取りを追えていたようで、目の前にそびえる大型のショッピングモールを小さな手で指し示しました。

    私は歩道の端に寄り、しゅぷーちゃんとの会話が回りからわからないように、人通りに背を向けます。

    「追いかけないと」

    「急がなくても平気ですの」

    「でも」

    「ルノアは何かに興味を持ったら、すぐふらふらどこかへ行くですの。いつものことですの」

    「だけど1人きりです」

    「ルノアはこっちの世界へ来て長いから平気ですの。終幕彼女によって現世へ来た時期は違って、しゅぷーとルノアは一番はじめ。こっちの暮らしはもう2年以上になるですの」

    しゅぷーちゃんは落ち着いたものでした。

    付き合いの長い2人ならではなのかもしれません。

    けれど、私の胸は騒ぎます。

    「それに、ルノアは小さくても、普通の人間じゃまるで相手にならないほど強いですの」

    さらに測定器らしきものを取り出し、

    虚霊オーネの気配もないですの」

    「でも、私……」

    「……優愛は心配性ですの。気になるならスマホに電話してみるですの」

    そう言って、しゅぷーちゃんは懐からスマホを取り出します。

    「あ、スマホがあるんですね」

    私は少しほっとします。連絡がつくなら安心です。

    私はしゅぷーちゃんからスマホを受け取り、電話帳の登録から、ルノアちゃんへ電話をかけました。

    プルルル……プルルル……。

    プルルル……プルルル……。

    「……出ないです」

    「気づいてないかもですの」

    私はそれから何度も電話をかけましたが、いずれも無反応。

    しゅぷーちゃんは、ハッと気づいて言います。

    「もしかして分解した……?」

    「ええっ! スマホをですか!?」

    「さすがのルノアでもそれはしないか……ですの」

    ただスマホが鳴っているのに気づかないだけならいいですが……。

    何だかいやな予感がします。

    「私たちもここへ入りましょう」

     

     

    *****

     

     

    そこは、20階建ての大きなビルで、1階から8階までがショッピングモールで、それより上はオフィスフロアになっていました。

    面積も広くて、やみくもに探しても埒があかないように思いました。

    「ひとまず探してみるですの」

    「はい」

    探し始めて20分ほど。

    「あ、あれっ……」

    3階のエスカレーターを上り、西の端から順番に店舗を覗き込んでいた私は、東に突き当たる店舗の前に落とし物を見つけて駆け出しました。

    「スマホの落とし物です!」

    「これ……ルノアのですの!」

    「え……?」

    白い羊の形をしたスマホカバーがついています。

    この羊はしゅぷーちゃんなのかもしれません。

    どうやらルノアちゃんは自分のスマホを落としてしまっていたようです。

    それなら何度鳴らしても出ないはずです。

    私はあたりを見回します。

    子犬たちの鳴き声が聞こえていました。

    見上げると、“PET LAND”と書かれたポップな看板。

    そこは、アクリルのショーケースに子犬や子猫が展示された、ペットショップの前でした。

    「じゃあルノアちゃんはどこに……」

    どこにもその姿はありません。

    私はルノアちゃんが心配になります。

    しゅぷーちゃんの言う通り、ルノアちゃんは強いし、虚霊さえ出なければ、それほど問題はないのかもしれません。

    でも。

    「……しゅぷーちゃん」

    「何ですの?」

    「ルノアちゃんが言っていたことは本当ですか?」

    「どのことですの?」

    「『みんな死んだ』って」

    しゅぷーちゃんの表情も硬いものになります。

    「……本当ですの。生き残ったのはルノアとしゅぷーだけですの」

    「『ミラージュ・オンライン』の世界は今どうなっているんですか?」

    「実際に見てみないと何とも言えないですの。だけど」

    しゅぷーちゃんは、目を伏せて続けます。

    「きっと生物の息絶えた無限の荒野ですの」

    「……」

    私はその事実をまざまざと思い知ります。

    生物の死滅。

    世界の崩壊。

    作り話の中でしか聞かなかったその残酷な状況に、ルノアちゃんやしゅぷーちゃんたちは置かれていたのです。

    そして雛乃ちゃんや咲ちゃんたちも。

    生き残ったのは、この世に転生した5人としゅぷーちゃんだけ。

    瞬間、私は今朝の夢を思い出しました。

     

    ――誰もいない暗闇。

    ――何度も私を呼ぶ声。

    ――絶え間なく聞こえる悲鳴。

     

    唇を噛み、ぎゅっと手のひらを握ります。

    体の底から震えが来て、手のひらに冷たい汗を感じます。

    ……私は、恐ろしいです。

    「……探しましょう」

    一刻も早く。

    「平気そうに見せても、きっとルノアちゃんも淋しいはずなんです」

    「優愛……」

    「大事な家族も友達もいたはずなんです。でもみんないなくなってしまったんです。そんな子を1人にしておけません」

    私には家族の顔も、仲間の名前もわからないけれど。

    独りぼっちが淋しいことくらいわかります。

    しゅぷーちゃんはうなずきました。

    「わかったですの! 急いで探すですの!」

    「はいっ!」

     

     

    *****

     

     

    4階、5階、6階と、私たちはしらみ潰しに探しました。

    だけど、なかなかルノアちゃんの姿は見あたりません。

    「一体どこに……」

    ショッピングフロアは8階まで。

    残るはあと7階と8階だけですが、どこかで入れ違いになった可能性もあります。

    それであの小柄なルノアちゃんを捜し出すのは簡単ではありません。

    「こんな時に役に立てなくて申し訳ないですの……」

    すまなそうにうなだれるしゅぷーちゃん。

    付き合いも長いだけに、悔しさも人一倍だったでしょう。

    「私が慌てさせたから……ごめんなさい」

    「優愛のせいじゃないですの」

    そう言いますが、普段の冷静なしゅぷーちゃんなら、妙案も出たかもしれません。

    私がしゅぷーちゃんを急き立てたから。

    だって2人は元の世界からずっと一緒で……。

    「……あっ!」

    私は思いつきます。

    「団長さん!」

    「団長ですの?」

    「そうです! 彼に聞いてみましょう! そうしたら何かわかるかも!」

    ずっとルノアちゃんと冒険を一緒にしていた彼なら!

    あれほどルノアちゃんから信頼を得ているあの人なら!

    何かヒントをくれるかもしれません!

    しゅぷーちゃんに聞くと、まだ彼はスマホを持たされていないそうでした。

    だから私はスマホで学園長に電話をして、彼を呼び出してもらいます。

    学園長にも事情を話すと、彼なら適任だと答えました。

    電話口の声は冷静に言いました。

    『彼女はああ見えてしっかりしてる。それにスマホみたいな精密機器は大好きで、肌身離さず持ってるはずだから不用意に落としたりしない』

    「……はい」

    彼の声を聞くと、私も落ち着きを取り戻します。

    とても不思議な気分でした。

    『……スマホを見つけたのはどこ?』

    「えっと、ペットショップの前でした」

    『ペットショップ、そうか』

    「何かわかるんですか?」

    『そのペットショップの近くに薄暗い場所はある?』

    「薄暗い場所……? すぐに思いつかないですが、探してみることはできます」

    現在地は6階。

    ビル内を探し回った私たちは、ペットショップからずいぶん離れたところへ来てしまっていました。

    『お願いできる?』

    「はいっ!」

    私としゅぷーちゃんは急いでエスカレーターを降り、ペットショップへ戻りました。

    『ルノアは小さな犬や猫が嫌いなんだ。ドワーフの習性で』

    「そうなんですか?」

    『だから鳴き声に驚いて落としたのかもしれない。歩きスマホをしてて、思わずね』

    「そうかも……」

    私にだっこされながら、しゅぷーちゃんもうんうんと頷いています。

    『だから慌てて逃げた。逃げる先といったら薄暗い場所だ。ドワーフは普段、工匠窟といわれる洞窟の中で暮らしてるから』

    「あ、だから安心できる……」

    『そう。近くにそういう場所はある?』

    私は辺りを見回します。

    だけどここは営業中のショッピングモール。

    どこもかしこも明るくて、薄暗い場所なんてありません。

    手当たり次第に探すにしても、もう少し見当をつけたいと思って、

    「そもそもルノアちゃんはどこへ行こうとしていたんでしょう?」

    私がそうつぶやくと、電話口の声としゅぷーちゃんが同時に答えました。

    『電機屋だ!』

    「家電売り場ですの!」

    私は、「え?」と一瞬戸惑いながらも、彼女のことを思い返せば、なるほどと納得できます。

    スマホが好きで、趣味は機械の分解、服屋さんでもエアコンやレジに興味津々でした。

    エスカレーターを上がってすぐの柱にあったフロアマップを見ると、大手家電ショップが同じ3階、ペットショップの前を抜けた先にあるのがわかりました。

    ペットショップが西の端かと思っていたら、その向こうに家電ショップがあったのです。

    「たぶんルノアはここへ行こうとしていたですの!」

    「エスカレーターを使ってもエレベーターを使っても、向かう方角は同じ。それなら、家電ショップの方向に逃げた可能性が高いかもしれません!」

    『確実ではないけど、探してみてくれる?』

    「はいっ!」

    私たちは、ペットショップから家電ショップへ向かう通路を小走りで移動し、ルノアちゃんを探します。

    「薄暗い場所……薄暗い場所……」

    可能性のある場所は、自動販売機の陰、途中にあったトイレの個室……。

    だけどどこにもおらず、名前を呼んでも返事はありません。

    「ルノア……どこにいるですの?」

    すると、電話の向こうの彼が言います。

    『バックヤードは?』

    「バックヤード、ですか?」

    『店員さんの事務室や休憩室があるところ。通路はきっと薄暗い』

    その瞬間、私の背後でギィと扉の鳴る音が聞こえました。

    振り返ると、観音開きの扉から、お店の人が商品を載せたワゴンを押しながら出てきました。

    「優愛、あそこですの!」

    「はいっ!」

    私は周囲に気を付けながら、

    「すみません、少しだけお邪魔しますっ……」

    1人で断りを入れつつ、観音扉からバックヤードに入りました。

    そこは、言われた通りに薄暗く、通路の端に在庫の商品や折りたたみのイスなどが雑多に置かれていました。

    「……ルノアちゃん?」

    小声で私が呼びかけます。

    しばらく待っても反応がありません。

    当てが外れたかと思い、しゅぷーちゃんと目を見合わせ、外へ戻ろうとしたところでした。

    がたん、と通路の少し向こう側で音がしました。

    そこには、脚を折りたたまれた状態で壁に何台か立てかけられている長机がありました。

    しばらくそれを見ていると、また同じ音とともに、長机が少しだけ動きます。

    私はそこへ急ぎ、海岸で岩陰を覗くように、光の遮られた長机の陰を覗き込みました。

    ……すると。

    「……団長?」

    ルノアちゃんがいました。

    長机の陰で、子猫みたいに小さくなって、少し怯えた瞳でこちらを見ていました。

    上目遣いになったその瞳は、少し潤んでいたように見えました。

    第一声が“団長”だったということは、昔のことを思い出していたのかもしれません。

    彼女が唯一なついたという、優しくて頼もしい団長さん。

    きっと今回も彼が自分を見つけてくれると信じていたのかもしれません。

    私は、そんな彼女が愛おしくて、胸がぎゅっと締め付けられる気持ちになって、ルノアちゃんの小さな体を抱きしめました。

    「ルノアちゃん!」

    抱きしめられ、横目で私のことを確認したルノアちゃんは、

    「……優愛」

    と、私の名前を呼びました。

    「はい。そうですよ」

    「優愛」

    もう一度私の名前を呼んで、きゅっと私の体を抱き返してくるルノアちゃん。

    やっぱり彼女は淋しくて、たぶん、怖かったのです。

    独りきりになることが。

    「ルノアちゃん……よかった……!」

    私はまた、その小さな体を抱きしめる腕に力を込めました。

     

     

    *****

     

     

    バックヤードへ無断で入り込み、事もあろうか半泣きになって抱き合っていた私たちは、すぐに店員さんに見つかりました。

    慌てた私はペコペコと頭を下げましたが、迷子を探していたと説明すると、店員さんは笑顔で「見つかってよかったね」と言って、ルノアちゃんの頭をなでて、許してくれました。

    ……かくして。

    トイレの前にあった休憩用のベンチに座り、一休みする私たち。

    ルノアちゃんは、私が自販機で買ったオレンジジュースをくぴくぴと飲みながら、上目遣いになって、申し訳なさそうに言いました。

    「ルノア、迷惑かけた?」

    「いいえ。まったく」

    私は答えます。

    「それより、私こそ謝らないといけません。無神経なことを聞いてしまって、本当にごめんなさい」

    私は深々と頭を下げました。

    ルノアちゃんはふるふると首を振りました。

    「優愛は悪くない」

    そして、私の頭を小さな手でなでました。

    「傷ついてるのはルノアだけじゃない。優愛だってそう」

    彼女は言いました。

    虚霊に襲われ、生まれた世界や仲間を失ったのはみんな同じ、と。

    「ルノアちゃん……」

    「ルノア……」

    「優愛。よしよし」

    そしてまた、私の頭をなでてくれます。

    「しゅぷーも」

    続いて、しゅぷーちゃんの頭も。

    彼女の優しさに、私は涙が出そうになりました。

    世界を失ったのは私も同じ。

    私は、どこかでその事実から目を背けようとしていたのかもしれません。

    辛い事実を直視したくなくて。

    だから夢の中で、何度も名前を呼ばれたのかもしれません。

    だから、悲鳴が聞こえたのかもしれません。

    こっちを向いて、と。

    「見つけてくれてありがと。優愛」

    「えへへ、どういたしまして」

    「ルノアはすこし怖かった。……独りきりになって」

    「はい」

    「あの机の陰で思い出してた。旅団のみんなが次々死んでいくのを。故郷に残してきたドワーフのみんなが、ルノアのいないところで死んでいくのを。団長もいなくなって、ルノアは独りきりになった」

    「ルノアちゃん……」

    小さな子どもように怯えた目でした。

    「だから、ありがと」

    「いいえ」

    私はまたルノアちゃんを抱きしめて、首を振りました。

    確かに、私はルノアちゃんが心配でした。

    だけど、たぶん違うのです。

    私があんなに必死になったのは、ルノアちゃんのためだけじゃないのです。

    「……怖かったのは私もなんです」

    今思えば、きっとそうだったのです。

    「私の方こそ、また失うのが怖かったんです。独りきりになるのが……」

    もしかしたら私は、元いた世界で、誰かに依存して生きていたのかもしれません。

    それほど、大事な誰かを失うことに、恐怖を覚えていたのです。

    「平気だよ」

    ルノアちゃんが私の背中に手を回して、優しくなでてくれます。

    「ルノアたちは取り戻すよ。ルノアの世界も。優愛の世界も」

    その言葉が力強くて、私は目の端からこぼれた涙をぐっと拭いました。

    「……そうですね。きっと取り戻しましょう」

    夢の中で、私を呼んだ知らない誰か。

    きっとあなたを助け出します。

    まだどうすればいいかわからないけれど。

    私にできるかわからないけれど。

    でも、ルノアちゃんやみんなと一緒なら、きっと。

     

    ――そして私はこの日以降、あの夢を見なくなりました。