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終幕彼女

NEWS

  • 7話①戦闘訓練

    来学4日目の朝です。

    気持ちよく起きた私は、ベッドの上でうーんと伸びをします。

    そこでハッと気づくと、寝起きだというのに素早い動きで布団を抜け出しました。

    学園長に譲ってもらった古い姿見の前にさっと立ち、自分の姿を眺めます。

    「えへへ……」

    昨日の迷子騒動の後、ルノアちゃんとお揃いで買ったパジャマ。

    柄がちょっと子どもっぽい気もしましたが、ルノアちゃんがこれがいいと言ったので即決でした。

    最初は仲良くなれるか不安だったけど、すっかり仲良しになれたルノアちゃん。

    そのしるしとしての、お揃いのパジャマです。

    朝に弱いルノアちゃんはまだ寝ていると思うけど、同じパジャマを着て、あどけない顔で寝ているかと思うと、かわいくてたまりません。

    「うーん……! 何だか元気が出てきました!」

    今なら何でもできそうな気がしてきて、私は拳を握って天へ突き上げます。

    「よしっ! 今日もがんばります!」

     

     

    *****

     

     

    「今日から戦闘訓練するから」

    「戦闘……訓練ですか?」

    学園長からの突然の通告に、さっきまであれだけみなぎっていた元気が、急速にしぼんでいく気がしました。

    「あの、学園長? 戦闘って……あの、お風呂の方じゃなくてですか?」

    「銭湯の訓練ってお前は赤ちゃんか」

    「いえ……赤ちゃんじゃないです……」

    私は、近所の銭湯で、裸の学園長に「はーい、ゴシゴシしますよー? おてて上げてー?」と言われて、「はーい♪」と笑顔で応じている裸の私を想像して、さすがにないと思います。

    とはいえ、薄々気づいてはいました。

    何しろ終幕彼女エンドロール虚霊オーネと戦える唯一の存在なのです。

    そして、私以外のみんなはとても強いのです。

    当然戦闘はするのです。

    だけど、私は?

    咲ちゃんみたいにパンチもキックもできないし、雛乃ちゃんみたいに武器も使えません。

    「私にできるでしょうか?」

    「……できないかもね」

    「っ……!!」

    「どうした? そんな世界の終わりみたいな顔して」

    「もしできなかったら……私はいらない子ですか……??」

    目の前が真っ暗になります。

    現状、みんなに保護されているだけの、タダ飯食らいの私です。

    きれいな部屋を与えられ、食事も服も提供されて、何不自由ない暮らしをさせてもらっているスレスレのニートなのです。

    なのに、ろくなお返しもできていなくて。

    そこで役に立たないとわかれば私は……。

    「馬鹿を言うな」

    「でもっ……」

    「戦えないなら戦わなくてもいい」

    「い、いいんですか?」

    「ああ。最低限自分の身を守れればいい。そのための訓練と思いな」

    「……はい」

    言われて、少し気が楽になりました。

    だけど、このままでいいとも思えません。

    私は学園長やみんなに恩返しをしたいのです。

    それに、この世界が危険なら何とかしたいし、そこに終幕彼女エンドロールとして生まれた意義もあるはずです。

    失われた5つのゲーム世界から、私たちがよみがえった意義。

    私たちだけがよみがえった意義。

    それに、ルノアちゃんとの約束もあります。

     

    『ルノアたちは取り戻すよ。ルノアの世界も。優愛の世界も』

     

    私は、ルノアちゃんの家族や友達を救いたい。

    私にもいたはずの、大事な人たちを救いたい。

    「優愛? どうした?」

    「……いえ」

    私はぎゅっと両手を握りしめます。

    「私、やりますっ!」

     

     

    *****

     

     

    そして、校門前。

    「今日トレーニングを担当するのは自分っす! よろしくお願いするっす!」

    「はい! よろしくお願いしますっ!」

    学園指定のジャージに着替えた私は、トレーナー役の咲ちゃんに深々とお辞儀をします。

    「が、頑張りますので、ビシバシお願いしますっ!」

    ちょっと肩の力が入り気味の私。

    咲ちゃんは笑って手をひらひらさせました。

    「へへ、そんなに緊張する必要はないっすよ。いきなり戦闘なんかさせないっすから」

    「そうなんですか?」

    「もちろんっす。バトルというのは奥が深いもの……。たとえるなら、ヒーローチップスのおまけで欲しいヒーローカードを引き当てるくらいに奥深いっす!」

    「な、なるほど……?」

    経験がないので私にはわかりませんが、ヒーローチップスで目当てのカードを引くのも、戦闘と同じくらい熟練が必要なのかもしれません。

    上級者ともなれば、袋の上から触っただけでそれとわかる神通力を持っているのかもしれません。

    「ともかく、ちゃんと順序を踏んで! いきなり素人にさせられるほどバトルは甘くないっすよ!」

    「わかりました!」

    「というわけで、まずは体力づくり! 走り込みからいくっすよ!」

    「はいっ! トレーナー!」

    「トレーナー……いい響きっす! ではゴーっすよ!」

    そうして、学園の外周を走り始めて約30分。

    「優愛っち、なかなかやるっすね! ここまで自分についてくるとは思わなかったっす!」

    「わ、私もびっくりしてます!」

    どうやら私は体力がある方のようです。

    当然、これだけ走れば息は切れますが、限界はまだ先のようです。

    足にたまった乳酸も、それほどではありません。

    「少しペースを上げるっすよ!」

    「は、はいっ!」

    咲ちゃんは、私を気遣って走るペースを落としてくれていましたが、私がついてこれるとわかると、だんだんとペースを速めていきました。

    疲労の度は増しますが、それでもまだまだ走り続けられそうな気がします。

    「優愛っち、前に何かやってたっすか? 素人の走りじゃないっすよ?」

    「えっと……何か……やっていたんでしょうか……?」

    記憶のない私にはわかりかねることでした。

    咲ちゃんは、少し困った顔をした私を気遣って、小さく頭を下げます。

    「あ、うっかりしてたっす……。優愛っちはまだ記憶が戻らないんすもんね。ごめんっす」

    「い、いえ、気にしないでください」

    私の少し前を走る咲ちゃんは、ほとんど息を切らしていません。

    普段からトレーニングを積み重ねていないと、これほどの体力は身につかないはずです。

    咲ちゃんは、対戦格闘ゲームの出身だと言っていました。

    「あの、咲ちゃんはどのくらい記憶が戻っているんです?」

    「え? どうしてっすか?」

    「いえ、咲ちゃんが元の世界でどんな風にしていたのかなと思って……」

    「自分のいた世界っすか……」

    咲ちゃんは目線を左斜め上に向け、思い出すようなしぐさをします。

    「記憶はところどころ抜けててわからないところも多いっすけど、自分がいた世界は『スマッシュ・ラッシュ・ハイスクール』っていう対戦格闘ゲームの世界っす」

    咲ちゃんは、走りながら、しゅっしゅっとシャドーボクシングの真似をしました。

    「世界で最強の女子高生が集まって戦う、『スマッシュライブ』っていう一大イベントが舞台。自分はその中の1人だったっす」

    咲ちゃんは私の方をくるりと振り返り、バック走をしながら話してくれます。

    「『スマッシュライブ』の優勝者は、何でも願いが叶えてもらえる! だからみんなそれぞれの目的を持って挑んできてたっす」

    「何でもですか……。じゃあ咲ちゃんはどういう目的で?」

    「自分っすか? 自分は……ヒーローになるためっす!」

    「ひ、ヒーローですか?」

    「そうっす! 正義の味方! 子どもの頃から憧れ続けたヒーローになりたくて、自分は『スマッシュライブ』に挑戦したんす!」

    ヒーローになる。

    小さな男の子なら、みんな一度は思い描く夢かもしれません。

    女性のヒーローもいますから、場合によっては女の子も同じ夢を持つかもしれません。

    でも、私のいた世界には、そういうヒーローという存在はいなかったと思います。

    そして、たぶんこの世界にも。

    本の中やTVの中にはいても、現実世界には存在しないのが、私の中のヒーローのイメージです。

    「不思議そうな顔してるっすね。へへ、わかるっすよ。ヒーローなんて、小さな子どもが憧れる架空の存在っすからね。高校生になってまでヒーローを目指してるなんて、誰に言っても笑われたっす」

    「い、いえ、そんな……」

    「でも自分はなりたいっす。どんなに大きくなってもその夢は消えない。自分でも変かもしれないって思うっすけど、これが自分だから仕方ないっすよね。へへ」

    咲ちゃんは、後ろ頭をかきながら、笑って見せます。

    その笑顔はまっすぐで、とてもまぶしいものだと私は思いました。

    「……素敵なことだと思います」

    すると咲ちゃんは少し目を丸くしたものの、すぐに嬉しそうに笑って、

    「へへへ、優愛っちはそう言ってくれるかなって思ってたっす」

    咲ちゃんは、物覚えの付く頃からTVで特撮ヒーロー番組を見ていたそうです。

    毎週欠かさずTVの前に座って、手に汗握ってヒーローの活躍を見守る。

    ヒーローがやられて歯噛みすれば同じように悔しがり、ヒーローが逆転勝利すれば立ち上がって大声を張り上げる。

    ちなみに技の名前が特殊なのは、やり手ビジネスマンのお父さんの影響で、“コンプライアンス”とか“ソリューション”とか“アジェンダ”とか、家でお父さんが使っていた格好いい言葉をメモして技の名前にしているそうです。

    みんないつかはヒーローを夢見る時期を卒業しますが、咲ちゃんはいまだその夢の世界の住人でした。

    「この歳になってヒーローになりたいだなんて、たくさんの人に笑われたっす。でも、優愛っちみたいに応援してくれる人がいて、そういう人たちに支えられて、自分は戦ってこれた。まあ、なかなか優勝はできなかったすけど」

    自嘲気味に言う咲ちゃん。

    「でもいつかは……ってね。夢は見るもんっすから」

    夢……。

    何だかその言葉が引っかかって、胸がもやもやとしました。

    「優愛っち? どしたんすか?」

    「いえ、何でも……」

    「……ちょっとオーバーワークかもしれないっすね。そろそろ戻りましょう」

    「あ、はい。わかりました」

    校門に戻った時には、走り出して2時間以上がたっていました。

    さすがに疲れた私は、膝に両手を当てて、前傾姿勢になって荒い呼吸を繰り返しました。

    でも、咲ちゃんはケロッとしていて、1人でフットワークを刻み、見えない相手とイメージトレーニングをしていました。

    基礎体力の差を痛感します。

    「強いヒーローになるためには、やっぱりトレーニングが必要なんですね。人を守るってくらいですから、相当鍛えないと」

    そう言った私に、咲ちゃんは少し考え、首を振りました。

    「そうかもしれないっすけど」

    そして、いたずらっぽく笑って答えました。

    「本当にかっこいいヒーローってのは、案外普通の人だったりするんすよ」

    「普通の人?」

    「そうっす。だから優愛っちは自分みたいに鍛えなくてもいいんすよ」

    適材適所。

    普通の人が本当にかっこいいヒーロー、というのは真意がはかりかねましたが、対戦格闘の世界から来た咲ちゃんは鍛え続ける必要があるけれど、そうじゃない私はそうじゃない何かでみんなの力になればいいと彼女は言ってくれているのです。

    思いやりのある言葉で、私は安心を覚えます。

    だけど、それでいいのかと思う気持ちと、じゃあ自分にできることは何なのかという疑問にぶち当たります。

    これは、私がずっと抱え続けたわだかまり。

    この前、ルノアちゃんに、スマホで遊ぶ簡単なパズルゲームを教えてもらいました。

    色んな形のピースが上から落ちてきて、それを上手に積み上げて、列を消していくのです。

    みんなはそれに出てくるピースのように、この学園の中できれいに噛み合っています。

    だけど、私だけはいびつな形。

    みんなはうまく噛み合うのに、私だけがどこにもはまらないピースのように思えて、ずっと息苦しさを感じていたのです。

     

     

    *****

     

     

    「いやー! すごいっすね、優愛っち!」

    「はい……? 何が……ですか……?」

    「トレーニングっすよ! まさか最後までやりきるとは思いませんでした!」

    体中をプルプルと震わせながら地面で大の字になる私を見下ろして、咲ちゃんは快活に笑います。

    褒められたものの、私は息も絶え絶えでした。

    というのも、走り込みの後に行った筋トレのせいです。

    腕立て・腹筋・背筋・スクワットを各100回。

    かなりハードですが、それくらいなら食らいついていけると思った私に、「それを5セット!」と、死刑宣告をするように咲ちゃんは言いました。

    とてもいい笑顔で。

    だから私もできないとは言えません。

    その結果が、これです。

    「で、でも、時間はかかっちゃいましたし……楽なやり方を許可してもらったのでやり切ったとは……」

    「じゅーぶん! 十分っすよ! これなら優愛っちもファイターとしてやっていけるかもしれないっすね!」

    「わ、私がですかっ?」

    リングに上がり、筋肉隆々の巨漢を相手にファイティングポーズをとる自分を想像して、それはないと、ぶんぶん首を振ります。

    「無理です無理ですっ!」

    「へへ、冗談っすよ。だけど素質は十分。これならシミュレーターでトレーニングをしてみてもいいかもっすね!」

    「シミュレーター……ですか?」