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終幕彼女

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  • 7話②いびつなピース

    咲ちゃんに連れられ、移動したのは学園の地下。

    喪界そうかいクラウドのあった研究室の隣の部屋でした。

    自動ドアが開いて中に入ると、管制室のような6畳ほどの小さな部屋があり、音声の収録ブースのようなコンソールの前にイスが2つ置かれていました。

    「ここがコントロール室っす」

    真正面は強化ガラス張りになっていて、ガラスを通したその向こうには、バスケットコートくらいの広さの何もない空間がありました。

    「ガラスの向こうがシミュレーター室っす。詳しくはよくわかんないっすけど、機械でニセモノの敵を作り出して模擬戦闘ができるんすよ」

    「そんな施設が……」

    私は口を開けて驚きます。

    喪界クラウドの話を聞いた時も驚きましたが、こんなものまであるなんて。

    終幕彼女エンドロールのことやこうした施設のことは、混乱を呼ぶため、一般生徒には伏せられていると学園長から聞きました。

    まさか自分たちが普段生活している学園の地下にこんなものがあると知ったら、みんなどう思うのでしょうか。

    「ニセモノの敵っていうのは、この間屋上で襲われたような?」

    「そうっすね。今まで遭遇した虚霊オーネのデータが入力されてるそうで、それと戦えるっす」

    「危なくはないんですか?」

    「リアリティレベルの設定を軽くすれば、敵の攻撃を受けてもケガしないし、安全っすよ」

    リアリティレベルというのは、敵の実在性を上げるか下げるかということでしょうか。

    何となくイメージはできますが、よくわかりません。

    「リアリティレベルを上げると、ケガをする?」

    「らしいっす。やったことはないっすけど。その分、こっちも殴った反動が返ってきて、よりリアルになるそうっすよ」

    「なるほど……」

    リアリティレベルというのは、ひとまず下げておくのがよさそうです。

    「じゃあひとまずリアリティレベルは最低にしておいて……。敵の強さも最初は一番弱いのにしとくっすね」

    咲ちゃんは、コンソールの電源を入れ、表示されたディスプレイを見ながら、慣れた調子でツマミを回したりして調整します。

    「勝手に触っても大丈夫なんですか?」

    「んー……できるだけ学園長かルノアっちがいた方がいいっすけど、もう何回もやってて自分は慣れっこなんで」

    「そうですか」

    「……よし、これでオッケー! 早速中に入ってみましょう!」

    「は、はい……」

    咲ちゃんは、壁にかけられた鍵をとり、ガラスの向こうの広い部屋に続く重たいドアを開けました。

    私は咲ちゃんに両手で背中を押され、一緒にドアをくぐります。

    「ここで全身をスキャン……? するらしいっす。床に描いてある足跡のところで動かないでくださいっす」

    「わ、わかりました」

    広い部屋に入る前に、青白い照明が灯された狭い通路のようなところがあり、そこで私たちは両腕を横に広げて、しばらく待ちました。

    すると一度照明が暗くなり、幾筋もの細い光が私たちの体をなでるように通り過ぎていきます。

    それはコピー機の中のようで、私はまるで印刷物になった気分でした。

    「じゃあ早速始めるっすよー? 敵は“下級虚霊バグクラス”っていう一番弱い奴っす。動きも鈍いんで、たぶん優愛っちでも戦えるはずっすよ」

    「は、はいっ!」

    私は緊張して身構えます。

    武道の経験はまるでないので、おかしなポーズだったかもしれません。

    「素手じゃ何なんで、自分のグローブを貸すっすね」

    咲ちゃんはそう言うと、シミュレーター内の壁に取り付けられた操作盤のふたを開け、何かのボタンを押します。

    すると、私の両手のまわりが淡く光って、数秒後、格闘技の選手がするような白いグローブが装着されていました。

    ボクシンググローブとは違い、相手の体をつかむことのできる、手が開くタイプのものです。

    「わっ……こ、これは?」

    「自分が練習用に使ってるグローブっす。『スマッシュ・ラッシュ・ハイスクール』時代から使ってるやつで、へへ。シミュレーターは喪界クラウドとつながってて、そこにデータが保存してあるんす」

    「えっと……前に雛乃ちゃんに聞きましたけど、これも“断章ロストコード”なんですか?」

    「そうっす! そうっす! サルベージした時はボロボロだったっすけど、先輩の霊在子ザインで元に戻してもらったっす!」

    “先輩”というのは、咲ちゃんにとってのプレイヤーさんの呼び名です。

    この施設、そんなこともできるんだ……。

    「いきなり戦えとは言わないっす。まずは自分が手本を見せるんで、それを真似てくださいっす!」

    「は、はいっ!」

    咲ちゃんの目の前に、中型犬くらいのサイズの黒い敵が現れました。

    見た目も犬のような、イノシシのようなもので、四つ足で立つ生き物でした。

    屋上でも見ましたが、虚霊というのはみな表面が墨のように黒く、血管じみた赤く光る筋が体の表面を走っているのが特徴のようです。

    そして、動物だったり人だったり、現実に存在する生き物の出来損ないのような、どこか崩れた見た目をしていました。

    「こう構えて!」

    咲ちゃんが腰を低くして、ファイティングポーズをとると、敵が咲ちゃんに向かって走り出します。

    そして彼女までの距離1メートルほどの位置で地面を蹴り、牙を剥いて跳びかかります。

    「こう避ける!」

    しかしひらりと、咲ちゃんは無駄のない動きで攻撃をかわします。

    左手を前にして相手との距離をはかり、流れる水のような動きで体をさばきます。

    それを何度も見せてくれました。

    だから私もそれを真似て、敵が咲ちゃんに接近するタイミングで、彼女と同じような動きをしてみます。

    「うんうん! そんな感じっす! やっぱ筋がいいっすね! じゃあ次は軽く攻撃してみるっす!」

    すると咲ちゃんは、今までと同じように前に出した左手で相手との距離をはかって身をかわすと、直後、跳び上がってガラ空きになっていた敵の胴体に、右拳で打撃を加えます。

    「よっ!」

    ――ズドンッ!

    重く鈍い音が響きました。

    敵は、苦しげな悲鳴を上げ、5~6メートルほど吹っ飛ぶと、倒れたまま動かなくなります。

    そして煙のような黒いもやとなって消えていきました。

    屋上で見た時と同じ。

    やられて消える姿も実際の虚霊と違いがないようです。

    「まあ、こんな感じっす」

    相当力を抜いたと思いますが、すさまじい衝撃。

    あれだけの威力を出すには、重量級のプロボクサー並みの筋肉が必要と思えますが、咲ちゃんの腕は決してそうではありません。

    筋肉質ですが、女の子らしい腕。

    あの細腕でどうしてあんな打撃を繰り出せるのか不思議です。

    その後も同じ動きを三度見せてくれた咲ちゃん。

    あまりにも無駄のない熟練した動きで、とても真似できないとは思いましたが、頭の中で繰り返しイメージをします。

    「じゃあ次は優愛っち、やってみるっす」

    「は、はいっ!」

    私の目の前に現れた、さっきと同じ獣型の仮想虚霊。

    咲ちゃんがやっていたように、低く腰を落として、左半身を前にして構えます。

    「すごいっす優愛っち……構えは完璧っす」

    虚霊がこちらに向かってきます。

    咲ちゃんが言っていた通り、それほど速くはありません。

    チワワみたいな小型犬が急いで駆け寄ってくる程度の速度でこちらへ向かってきます。

    私は軽く踵を上げ、すぐに動ける態勢をとります

    そして、相手が跳びかかって来たタイミングで横に移動し、攻撃をかわします。

    「おぉ……」

    咲ちゃんの感嘆の声が聞こえました。

    「すごいっす……本当にすごいっすよ、優愛っち! まるで自分の動きそのままっす!」

    「ほ、本当ですか?」

    自分自身、戸惑っていました。

    咲ちゃんが言ってくれたように、イメージ通りの動きができています。

    私は人の動きを見て、それを真似るということに適性があるんでしょうか……?

    ちょっと特殊な適性ですが。

    それを何度か繰り返すと、

    「じゃあ身をかわしながら、自分と同じように攻撃してみるっす!」

    「……は、はいっ」

    咲ちゃんの指示を受け、私は緊張して身構えます。

    だけど頭の中ではイメージが完全にできていました。

    咲ちゃんのようにすごいパンチは打てませんが、同じような動きはできるはずです。

    「さあ、来たっすよ!」

    「はいっ!」

    敵がこちらに跳びかかってくると、私は軽やかなステップでそれをかわします。

    「そこで思いっきりパンチっす!」

    「……っ!」

    私はぐっと右の拳に力を込めます。

    そしてがら空きになった敵の胴体に右のパンチを――。

    パンチを――――。

     

    ――ふにゃっ。

     

    「……へっ?」

    「……あれ?」

    イメージ通りに右パンチを放ったはずですが、敵はまだピンピンしています。

    むしろ、ちょっと小首を傾げて、「今何かあった?」みたいな顔をしていました。

    「も、もう一度っす!」

    「はいっ!」

    再び、元気いっぱいに私に跳びかかってくる獣型虚霊。

    私はそれを軽やかにかわし、右のパンチを――。

    パンチを――――。

     

    ――ふにゃっ。

     

    「……」

    「もう一度っすよ!」

    「はいっ!」

     

    ――ふにゃっ。

     

    「さらにもう一度っ!」

    「はいっ!」

     

    ――ふにゃんっ。

     

    何度やっても同じでした。

    頭の中では完璧にイメージできているのに、思った通りにパンチが打てません。

    「猫パンチになってるじゃないっすか!」

    「ううっ……」

    咲ちゃんの言う通りでした。

    パンチというよりも、私はまるで猫がじゃれているように、敵をふにゃっと触ることしかできませんでした。

    「なんでそうなっちゃうんすか??」

    「……なんか、かわいそうで……」

    「か、かわいそう……」

    「はい……」

    敵なのに、という顔で私を見てくる咲ちゃん。

    敵なのに。確かにそうです。

    だけど、あの仮想虚霊に私は恨みがありません。

    それに、これは模擬戦闘なので、相手を倒さなくても私は無事でいられます。

    おそらくそうした危機感の欠如で、非情になれなかったのだと思います。

    それに。

    「それに……怖くて」

    「怖い?」

    「はい」

    暴力を振るうこと自体が怖かったのです。

    記憶はないですが、おそらく私はそういうストリートファイト的な文化とは無縁だったはずです。

    だから自分が生き物を傷つけることが怖かったのです。

    そもそも、私は勝負ごとがあまり好きではありません。

    なぜなら私は、相手に勝つことで爽快な気分になるよりも、負けてしまった相手のことを考えて胸を痛めてしまうからです。

    それゆえ、勝敗のつくスポーツも苦手です。

    「これは重症かもしれないっすねぇ……」

    咲ちゃんは腕組みしてそう言うと、休憩を私に告げました。

     

     

    *****

     

     

    「優愛っちは後方支援が向いてるんじゃないっすかね」

    2人でシミュレーター室の壁にもたれて休みながら、咲ちゃんはそう言いました。

    「後方支援……ですか」

    コントロール室にある冷蔵庫で冷えていたミネラルウォーターを飲みつつ、私は答えます。

    「そうっす。自分や殿みたいに前線で戦うのは無理っぽいっすね」

    「……」

    「……あ、いや! だけど、それがダメなわけじゃ全然ないっすよ!?」

    咲ちゃんは、私が済まなそうな顔をしているのに気づいて、あわててフォローしてくれます。

    「ほら、向き不向きがあるっすから! 優愛っちはたぶん、自分たちみたいに戦うことが日常だったわけじゃないんすよ。そんな子に無理させるわけにはいかないっすから!」

    「……はい」

    私は下を向いて、自分の“居場所”について考えていました。

    自分の世界を失った私は、この学園に拾われて、とても大事に守ってもらっています。

    みんな優しくて、私が問えば、「ここにいていいんだ」と答えてくれるでしょう。

    だけど、私の中で納得ができませんでした。

    適材適所といっても、私は何者なのかわかりません。

    だから、何ができるのかもわかりません。

    「後方支援って……たとえばどういうものがあるんでしょう?」

    「う……そうっすね……。えっと、じ、事務とか? 応援……とか?」

    「……」

    「だ、だけど、そういうのも必要だと思うんすよ! ほら、優愛っち、チアリーダーとか似合いそうだし!? フレーフレーって! そしたら自分も元気出ちゃうっすよ!」

    表情を暗くした私を見て、咲ちゃんは慌てて明るく振る舞います。

    だから私も笑って返しました。

    「……そうですよね。そういうのも大事ですよね。えへへっ」

    「そうそう! そうなんすよ! うんうんっ!」

    ほっとした顔を見せる咲ちゃん。

    ただでさえ、役に立てていないのに、気まで遣わせるわけにはいきません。

    悩んでいても。努めて、笑わないと。

    笑うことだけは、得意だった気がするのです。

    「……あれ?」

    その時、咲ちゃんが声をあげました。

    「どうしました?」

    咲ちゃんがまっすぐ向こう、シミュレーター室の反対側の壁あたりを見ていました。

    そこは簡易倉庫のようになっていて、背の高い衝立ついたてが置いてありました。

    「え……?」

    私の声が上ずったのがわかりました。

    その衝立からのっそりと出てきたのは、大人の男性ほどの大きさの虚霊でした。

    「おかしいっすね……? シミュレーターは切ってるはずなのに」

    咲ちゃんが首を傾げます。

    休憩に入った時、確かに咲ちゃんがシミュレーターの動作を止めたのを私も見ていました。

    「故障……でしょうか?」

    「いや、ルノアっちからそんな話は聞いてないっすけど」

    「こっちに近づいてきます」

    私たちは、こちらへ歩み寄ってくる虚霊を睨みながら、立ち上がって身構えます。

    二本足で歩く不気味な虚霊でした。

    近づいてくると、背の高さは180㎝をゆうに超えていることがわかります。

    人型といえば人型ですが、首から頭にかけて爬虫類のようになっていて、肥大した手足には長く鋭い爪がありました。

    歩くたび、濡れたような粘っこい音がします。

    「怪人・トカゲ男って感じっすか」

    咲ちゃんが、鼻の下をこすりながら言います。

    「まぁ、故障だったにしても、しょせんシミュレーター。ケガすることはないはずっす。でも一応自分が相手するっすね。優愛っちは見学しててほしいっす」

    「は、はい……。わかりました」

    咲ちゃんは構えをとり、その場でボクサーのように軽いフットワークを見せると、相手へ少しずつ接近しました。

    それを見て、相手も咲ちゃんに向かって歩く速度を速めます。

    互いに速度を上げ、挟んだ距離が3メートルほどになると、咲ちゃんは大きく跳躍しました。

    「食らうがいいっす! ウルトラファイヤーリボルビング……」

    それは、空中で何度も回転を加えたのち、相手の脳天にかかと落としを決める技のようでした。

    敵の体格を考慮してのものでしょう。

    敵の首は長く、下向きについた腕は短い。

    だから腕を振り上げても、頭部を守りきれないだろうという読みを、咲ちゃんはしたのです。

    咲ちゃんの跳躍は目を瞠るほど大きく、2メートルほどの高さにいたると、車輪のように回転し、敵の脳天めがけてかかとを振り落とします。

    ですが、その瞬間。

     

    ――ボギィ!

     

    と、何かが折れる鈍い音が聞こえました。

    「……え?」

    私は、目を疑いました。

    「あああああああああっ!!」

    苦悶の声の主は、咲ちゃんでした。

    咲ちゃんは受け身の姿勢も取れず、地面にもんどり打って倒れると、右足を押さえながら、さらに苦しげな声を上げました。

    「ぐっ……! ううっ……!!」

    「咲ちゃん!?」

    私は彼女に駆け寄りながら、さっきの場面を思い起こします。

    咲ちゃんのかかと落としは、問題なく決まるように思えました。

    相手の短い腕では、頭頂部を防御できないはずでした。

    なのにその直前、敵の虚霊の背中から、新たな腕が二本、羽のように生えてきたのです。

    その新しい腕は、すでにあった腕よりも1.5倍ほど長く。

    虚霊は、そのうちの一本で、振り下ろされた咲ちゃんの右かかとを受け止めると、もう一本の腕を彼女の右膝の上に置き、足を逆方向に折ったのです。

    その結果の骨折音。

    あれは、咲ちゃんの右足の膝が逆方向に折れる音だったのです。

    「咲ちゃん! 大丈夫ですか!?」

    咲ちゃんは、曲がってはいけない方向に曲がった右足を押さえて苦しみます。

    損傷部を、私は直視できません。

    そこからは、皮膚を破り、折れた骨が突き出していたからです。 

    破れた皮膚の穴からは、真っ赤な鮮血が次々とあふれ出していました。

    「うっ……」

    私は、めまいと吐き気に襲われますが、ぐっと耐えます。

    ですが、恐怖というのは、怯えた者にかさにかかって襲ってくるものです。

    「優愛っち! 来ちゃダメっす!!」

    「……え?」

    もうすぐで咲ちゃんのもとへたどり着こうとしていた私に、彼女は叫びました。

    その理由は、虚霊です。

    虚霊が、倒れた咲ちゃんに止めを刺そうと、頭上で振りかぶるように、4本の腕を岩のように握り固めていました。

    そして一息に、握り固めた4つ分の拳を、咲ちゃんの頭部めがけて振り下ろしました。

    「咲ちゃーーーんっ!!」

    人体を直撃する鈍い音。

    地面が砕けて舞い上がる塵芥じんかい

    私はそれを止められず、ただ見ていることしかできませんでした。