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終幕彼女

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  • 7話③あるアイドルの決意

    シミュレーター室に、おぞましい咆哮が響き渡ります。

    咲ちゃんに止めを刺し終えた虚霊が、勝利の雄たけびを上げたのです。

    「さ、咲ちゃん……? 咲ちゃん……??」

    私は目の前で起きたことが信じられませんでした。

    あんなに強かった咲ちゃんが。

    こんな一瞬の間に……?

    私はよろよろとした足取りで、危険であることも考えず、咲ちゃんのもとへ歩いていきます。

    その危機意識の欠片もない行動は、頼りの彼女がいなくなった以上、もう助からないと思ったせいかもしれません。

    舞い上がった塵芥じんかいが晴れて、咲ちゃんの姿がだんだんと見えてきます。

    あの苛烈な一撃を受けて、無事でいられるはずがありません。

    私の中で、目を逸らしたい気持ちと、奇跡を信じたい気持ちが相克します。

    そして塵芥の中から現れたのは――。

    「くっ……容赦ないっすね……」

    「……さ、咲ちゃんっ!!?」

    私は目を見開きます。

    そこには、右足を損傷している以外、何も変わっていない咲ちゃんがいたのです。

    意識も変わらずあるようです。

    「ぶ、無事だったんですか!?」

    私はあわてて彼女に駆け寄り、背中を助け起こします。

    「油断したっす……。ごめんなさいっす……」

    「そ、そんなことはいいんです! それよりも、大丈夫なんですか!?」

    「まあ、右膝はご覧の通りっすけど」

    「じゃあさっきの攻撃は!?」

    この足の怪我であの攻撃をかわすことは不可能だったはずです。

    なのにどうして?

    咲ちゃんは痛みをこらえつつ、笑って答えました。

    「“無敵時間”っすよ」

    「……無敵時間?」

    「自分特有のスキルらしくて。一度攻撃を受けてダウンすると、一定時間どんな攻撃も食らわない無敵時間があるんすよ」

    「え? ……え? ど、どうしてですか??」

    「対戦格闘出身の自分ならではで……痛てて……。と、ともかくそういう設定なんで安心してほしいっす」

    「は……はい、そうですよね! すみません!」

    今は私のつまらない疑問の返答に咲ちゃんの労力を使わせるわけにはいきません。

    とにかく無事だったならそれでいいんです。

    以前雛乃ちゃんが、終幕彼女はゲーム世界で設定されていた特性を現実世界でも発揮できると言っていました。

    おそらく、その“無敵時間”というのもその一種なのでしょう。

    私は頭を切り替え、現状を見つめ直します。

    今すぐにやらないといけないのは……右足の負傷。

    「……ま、まず右足の止血を!」

    私は着ていた制服の上着を脱ぎ、シャツの袖を無理やり引きちぎります。

    それを使い、損傷部をなるべく見ないようにしながら、咲ちゃんの右足の付け根を結んで止血を試みようとしました。

    ですが、うまくできません。

    血は次から次へとあふれ出してきます。

    「っ……」

    私はまた、くらりとめまいがしました。

    「だ、ダメっす……優愛っち。すぐ逃げるっす。じゃないと優愛っちも……!」

    「で、でも……!」

    「急いでっ……!」

    「あれは仮想虚霊じゃないんですか!?」

    「違う……あれは違うっす……」

    「リアリティレベルの設定が故障で変に?」

    咲ちゃんは首を振ります。

    「あれは実体がある……“本物”の虚霊っす」

    「本物……!?」

    私は顔を上げて、虚霊を見ました。

    虚霊は、4本ある虚霊の腕の一つを激しく損傷していました。

    咲ちゃんの攻撃のせいです。

    腕で受け止めはしたものの、その威力が凄まじく、その腕は破壊されていたのです。

    それに輪をかけて、追撃のために腕をすべて使ったため、損傷したその腕は今にもちぎれそうにぶらりと垂れ下がっていました。

    いわば相打ちの形です。

    虚霊も苦しげに呻きながら、その場でよろよろと足踏みをしています。

    べちゃ、べちゃ、という薄気味悪い足音が、実感を伴って聞こえてきます。

    確かに、あれはシミュレーターが見せる幻影ではありません。

    “存在感”というか“重量感”というか、そういうものが仮想敵とはまるで違っていました。

    「だけど、どうしてこんなところに……?」

    「……この前の屋上襲撃の時に迷い込んだのかもっす」

    「でも、あんな大きなもの……。学園長だってすべて排除したと言っていました」

    「成長速度が異常に速いタイプかも」

    「成長速度が?」

    「前に、そんな虚霊がいると学園長に聞いたことがあるっす。たとえば、当時はネズミにみたいに小さくて、それで見逃したのかも」

    「それが、ここに迷い込んで、ほんの数日で成長したってことですか……?」

    咲ちゃんはうなずきます。

    じゃあこれからもっと大きくなる……?

    もしかしたら、さっき腕が二本生えたのも、その急成長の一環だった?

    ということは、放っておけばさらに危険になる。

    いえ、それよりも、今はこの場をどう切り抜けるかが先決でした。

    「咲ちゃん、肩を貸してください!」

    「だ、ダメっすよ……優愛っちはどうにかして逃げて……」

    「いけません!」

    つい私は大きな声を出してしまいました。

    「咲ちゃんを助けるのが先です!」

    「優愛っち……」

    「痛くないですか? 体、起こしますよ?」

    私は咲ちゃんの腕をとり、自分の肩につかまらせると、ぐっと足に力を込めて立ち上がります。

    「うっ……」

    「大丈夫ですか!?」

    「平気っす……」

    なるべく足が痛まないように。

    だけど虚霊に追いつかれないように。

    私は全身に冷や汗をかきながら、シミュレーター室から外につながるドアに向かいました。

    だけど、逃げようとする私たちに気づくと、虚霊は足音を立てて追ってきます。

    ベチャリ、ベチャリと。

    でも幸い、虚霊の動きは遅く、急げば逃げ切ることができそうでした。

    「申し訳ないっす……万全の状態ならこんなことには……」

    「調子が悪かったんですか?」

    霊在子ザインの供給が最低限なんで……本来の状態とはほど遠いっす。ほんとに、ごめんなさいっす……」

    「謝らないでください」

    私たちは急いでドアへ向かいます。

    足音は背後から迫ってきていて、恐怖のせいか、速度が速まった気がします。

    「……さっきの優愛っちを見て思い出したっす」

    「何をですか?」

    「本当のヒーローは案外普通の人だって話したじゃないっすか。……あれね、先輩のことなんすよ」

     

    『本当にかっこいいヒーローってのは、案外普通の人だったりするんすよ』

     

    確かに咲ちゃんはそう言っていました。

    「ほら、漫画やアニメでよくあるじゃないっすか。大事な仲間や恋人がやられた時に、逆上して相手に向かっていく主人公」

    「は、はい」

    「その怒りで強さが増して相手を倒す。かっこいいシーンっすよね」

    咲ちゃんは、「だけど」と言って続けます。

    「でも自分が好きなヒーローは、大事な人が傷ついたとき、相手に向かっていくんじゃなくて、その人を抱えて逃げ出す人っす」

    たとえば、今の優愛っちみたいに、と咲ちゃんは言いました。

    「自分の怒りも抑えて、憎い敵から逃げ出す情けなさも受け入れて、大事な人を助けるために病院へ急ぐことを優先させる人っす。先輩はね、まさにそういう人なんすよ」

    咲ちゃんは笑いました。

    「強さを追い求めるのがヒーローじゃなくて、優しさを失わないのが本当のヒーローなんじゃないのかなって」

    その瞬間、背後でけたたましい咆哮が響きました。

    「……っ!」

    振り返ると、虚霊が失ったはずの片腕が再生していました。

    「え……?」

    足取りが重かったのはその痛みのせいでした。

    「成長が早いだけじゃなくて再生もするんですか……!?」

    万全の体に戻った虚霊は、以前の倍以上のスピードでこちらへ迫ってきます。

    私の前身はぞわぞわと総毛立ちます。

    「咲ちゃん! 急ぎますよ!」

    「……」

    咲ちゃんは答えませんでした。

    右足を見ると、ひどい出血が続いていました。

    もしかしたら失血が多かったせいで、気を失っているのかもしれません。

    「……だ……い丈夫っすよ……」

    咲ちゃんはうわごとのように言います。

    「……本当のヒーローは……」

    「咲ちゃん! しっかりしてください!」

    「……ピンチの時に……やってくるんで…………」

    その時でした。

    シミュレーター室のドアが勢いよく開いて、現れたのは――

     

    「大丈夫!?」

     

    プレイヤーさんでした。

    「先……輩……へへ……やっぱり……来てくれた……」

    「……! すぐ逃げるぞ!」

    プレイヤーさんは、私たちの危機を見てとると、全力で虚霊に向かって突進し、体当たりをしました。

    まともに食らった虚霊はバランスを崩し、プレイヤーさんとともに横倒れになります。

    以前学園長が、一般人は虚霊に触れられないと言っていましたが、どうやらプレイヤーさんは例外のようでした。

    「痛ってて……」

    プレイヤーさんは肩を押さえて顔をしかめますが、すぐに私たちのもとに戻り、私の反対側から咲ちゃんに肩を貸してくれました。

    「出血がひどい。歩ける?」

    「へへ……来てくれると思ってたっす……」

    「当然でしょ。僕は君のセコンドだ」

    「へへへ……そうっすよね……へへ……へ…………」

    「咲ちゃん!」

    「……大丈夫。気を失っただけ。急いで外へ出よう」

    「は、はいっ!」

    「僕が背負う」

    2人で支えて歩くよりも、自分が背負った方が早いという判断で、プレイヤーさんが咲ちゃんを背負って歩き出します。

    「ちょうど学園長と話しててね。学園長室では学園中にある監視カメラの映像が見られる。それでシミュレーター室の異常に気付いた」

    「それで……ありがとうございます」

    「むしろ遅れてごめん」

    背後を見ると、虚霊が立ち上がり、さっき以上の速さで追ってきます。

    「追いつかれます! 急がないと!」

    「わかってる!」

    「私が食い止めます!」

    このままでは、2人が外に出る前に追いつかれる。

    そう思って、私は足止めをしようと、虚霊の前に立ちはだかりました。

    「危ない! ダメだ!」

    「だけど誰かが止めないと!」

    私は恐怖を押し殺して、咲ちゃんに倣ったばかりのファイティングポーズをとります。

    すると。

    私の右手のまわりがぼんやりと光りました。

    これは、咲ちゃんのグローブを借りた時と同じです。

    「そうか、学園長が……」

    プレイヤーさんが言いました。

    「喪界クラウドから、何か助けになるようなものを出してくれたんだ」

    「助けになるようなもの?」

    「おそらく君のいた世界から」

    「えっ……?」

    そして、ぼんやりした光が消えて、私の右手に握られていたのは――

    「マ、マイク……?」

    見まごうことなく、それはマイクでした。

    カラオケで歌う時に使うような、全校集会で校長先生が使うような、マイク。

    ただ、それはひどく錆びついていて、使えそうにありませんでした。

    「どうしてこんなものが……?」

    「君はアイドルだったから」

    「……アイドル?」

    プレイヤーさんは、黙ってうなずきました。

    まだ、頭の中は整理ができません。

    実感だってわきません。

    私はアイドルだった? それはどんな?

    たくさんの疑問が浮かんできます。

    だけど、今一番気になるのは、このこと。

    ……私は何ができた?

    「これ、どう使えばいいんですか!?」

    私は急かすように叫びます。

    「私は何ができるんですか!?」

    こんな窮地にマイクを渡されて、私は何をすればいい!?

    プレイヤーさんは答えます。

    「……わからない!」

    「ですよね!」

    私がアイドルだって言うのなら、余計に今ここでできることなんてありません。

    私は半ばパニックになりながらも、これでどうにかしなければならないと覚悟を決めます。

    人生というのは配られたカードで勝負するしかないと、誰かが言いました。

    私の手にはマイクがあります。

    マイクしかありません。

    だからこれで目の前の怖ろしい敵をどうにかするしかないのです。

    だから私は振りかぶって……。

    「たぁーっ!!」

    マイクを虚霊に向かって投げました。

    私は投手の才能があるのか、まっすぐに飛んだマイクは虚霊の頭に当たります。

    虚霊は怯んで足を止めました。

    「やった!」

    ですが、ダメージはまるでなく、虚霊は再びこちらへ迫ってきます。

    「いやーっ!」

    一つ運が良かったことと言えば、跳ね返ったマイクが再び私の手元に戻ってきたことでしょう。

    私はそれをうまくキャッチします。

    「君は逃げて!」

    プレイヤーさんが叫びました。

    「でも!」

    「いいから! 君はアイドル! 戦う力はない! 逃げるしかないんだ!」

    ――戦う力はない。

    「君は戦わなくていいんだ!」

    ――戦わなくていい。

    その言葉が、私の頭の中で何度も鳴り響きます。

    みんな、そう言いました。

    私は戦わなくていいって。

    学園長も、咲ちゃんも、プレイヤーさんも。

    みんな悪気はありません。

    ただひたすら、私への思いやりが生んだ言葉だったでしょう。

    そう言ってくれたみんなが、私は大好きです。

    ……だけど。

    ……だけど!!

    私はぎゅっと両手で錆びついたマイクを握りしめ、語りかけます。

    「ねぇ、マイクさん。あなたは昔の私を知っているんですよね?」

    ……私はそんなに弱い人だったんですか?

    ……そんなに何もできない人だったんですか?

    私はアイドルだったのかもしれません。

    だけど、戦う力もなかったんですか?

    みんなが戦っているのに、友達に危機が迫っているのに。

    私は戦わなくていい人だったんですか?

    「――違いますよね! 違うって言ってください!!」

    その時、私の脳裏に、記憶の断片が浮かび上がりました。

     

    ――必死に汗をかいてダンスの練習をしたこと。

    ――罵詈雑言に負けないように声を張り上げて歌ったこと。

    ――『一緒に戦おう』ってみんなで誓い合ったこと。

     

    私はマイクが壊れそうなほど、力いっぱいにそれを握りしめました。

    そして腹の底から叫びました。

     

    「アイドルが戦わないなんて……誰が言ったんですか――――――!!!」

     

    私の声で、シミュレータ―室全体がびりびりと震えたような気がしました。

    虚霊も驚いて、動きを止めます。

    「私、記憶はまだないですけど! アイドルのことだってよく知らないですけど!」

    言葉があふれて止まりませんでした。

    これは私自身の言葉だったのかはわかりません。

    さっき脳裏に浮かんだ人たちの思いが私の中に流れ込み、混然となったもののような気がしました。

    記憶は戻っていないのに、アイドルへの思いだけが蛇口を全開にしたようにあふれ出してきます。

    「アイドルは、歌って踊って、それだけじゃないはずです! 人の見ていないところで努力して! 辛いことも飲み込んで! 自分の夢を背負って! 誰かの夢も一緒に乗せて! 手が届かないかもしれない光をつかもうと、毎日毎日汗水たらしてあがいているんです!」

    私は、ヒーローを目指す咲ちゃんとアイドルはよく似ていると思いました。

    毎日、誰に言われるでもなくトレーニングに明け暮れて、ひたすら夢に向かって頑張る姿はまぶしくて、こんな風になりたいと思いました。

    「そんなアイドルが、戦えないなんてあるわけないからっ!!!」

    その時です。

    私が握ったマイクに変化が現れたのは。

    最初に何もないところから出現した時とは違って、マイクが黄金色に光り輝いています。

    プレイヤーさんが言いました。

    「……“断章ロストコード”の意志だ」

    「……断章の? このマイクのですか?」

    「モノにだって意志はある。特に気持ちを込めて大事に使われたモノには」

    「そんなことが……?」

    「終幕彼女だってそうだ。もとは0と1だけで書き表された情報でしかないのに、僕たちプレイヤーの情熱や恋慕や色んな思いを受けとめて、命を持った」

    プレイヤーさんは「学園長の受け売りだけどね」と付け加えます。

    付喪神つくもがみ”という妖怪の話を、聞いたことがあります。

    “九十九神”とも言いますが、その名の通り、人に使われた道具は100年ほどの年月を経ると、霊魂を身に宿すそうです。

    私たちは主にスマートフォンの中の住人でした。

    スマートフォンというのは、家の中でも外でも常に携帯されるもので、おそらく人類史始まって以来、最も人間と密接な関係を築いた道具なのではないでしょうか。

    そして私たち創作されたキャラクターは、人間を模してつくられた上、プレイヤーさんが言うように、画面越しに数えきれない人たちの思いを受け止めてきました。

    そう考えると、人がつくった数々の無機物のうち、私たちは、最も生命を宿す可能性が高い存在だったのかもしれません。

    プレイヤーさんは、私の持つマイクに向かって手を伸ばしました。

    霊在子ザインを送る。そうすれば、何かが起きるかも」

    プレイヤーさんが右手をかざした途端、マイクがまとった光が輝きを増しました。

    「こ、これは……」

    そしてみるみるうちにマイクは形を変えていきます。

    まるで光でできた粘土みたいに、何になろうか迷うようにぐにゃぐにゃ蠢くと、決意したようにだんだんまっすぐに伸びていきます。

    そして完成したのは――。

    「これ……剣ですかっ!?」

    私の身の丈近くもある大きな両刃の剣になったのです。

    かなりの大きさがあるのにも関わらず、驚くほど軽いです。

    おもちゃのプラスチックバットのように、自由に振り回すことができます。

    そして、とてもよく手になじみました。

    「対虚霊用決戦兵装……“断章決装ロストアーツ”っす……」

    目を覚ました咲ちゃんが言いました。

    プレイヤーさんは、咲ちゃんの右足にも霊在子を送っていて、いつの間にか出血は止まり、飛び出した骨も中に収まっていました。

    霊在子は“あるがまま”を実現する力だと雛乃ちゃんが言っていました。

    つまり怪我を元通りに治すこともできるのです。

    「意志を持った断章に霊在子を送ると……虚霊と戦うための武器や防具に形を変えるんす。そのマイクは優愛っちの意志に応えて……戦うための刃に……なった」

    「戦うための刃に……」

    私は、逞しく美しい剣に変貌したマイクをまじまじと見つめます。

    鏡のように磨き上げられた刀身が、はっきりと私の顔を映し出しています。

    グリップの部分は、両手で握れるようにマイク二本分の長さがあり、太さはマイクよりも少し細いため、しっくりと手に収まります。

    そして鍔の中心部分には、元の姿の名残なのか、マイクのヘッド部分が生えるようについていました。

    眺めているだけで、勇気が湧き出てくる気がしました。

    虚霊は再びこちらを睨みつけ、突進を開始します。

    私は剣をぎゅっと握りしめます。

    「君にも霊在子を送る! 一か八かやってみて!」

    「はいっ!」

    プレイヤーさんが私に向かって手のひらを向けると、

    「んっ……!」

    体の底から、無限の力と勇気が湧き上がってくるのを感じました。

    霊在子を送られた瞬間、体がびくんと痙攣しましたが、今は気にしていられません。

    今なら何だってできる気がします。

    私は、キッと相手を見据えます。

    「ごめんなさい……あなたに罪はないのかもしれません。だけど、私にも守りたいものがあるんです」

    そして、大きく跳躍し、上段に剣を大きく振りかぶりました。

    羽のように軽い体。

    全身にみなぎる力。

    まるで自分の体のように思えませんでした。

    私が狙うのは敵の頭でした。

    できるだけ苦しむことなく、一瞬で終わらせたかったのです。

    虚霊は危険を察し、四本の腕すべてを防御に回します。

    だけど私はかまわず、剣を振り下ろしました。

    「アイドルだって……戦えますっ!!!」

     

     

    相手を斬った感覚は、不思議とありませんでした。

    ただ、竹刀の素振りをしただけのような感覚。

    だけど、目の前の虚霊が真っ2つになり、すぐに黒いもやとなって消えていくのを見ると、その手ごたえのなさは、剣の切れ味の賜物だとわかりました。

    荒い呼吸が、だんだんだと落ち着いていきます。

    私は握りしめた剣に視線を落としました。

    もしかしたら、私が愛用していたらしいこのマイクが、せめて私に罪悪感を残さないために、そうした軽さや鋭さを身に着けてくれたのかもしれません。

    私はその剣を胸に抱き、まだ記憶の戻らない過去に思いを馳せました。

    「……ありがとうございます。また助けてくれて」

    私がアイドルで、この剣がマイクなら、きっといつもステージで一緒だった相棒のようなものなのです。

    私が一度消えたのと同じように、このマイクもきっと錆びついて役目を終えたのです。

    それが、この世界でまた出会えた。

    具体的なことはまだ何も思い出せないけれど、私はとても温かい気持ちになれました。

    しばらくすると、雛乃ちゃんやルノアちゃんたちがシミュレーター室に駆け込んできました。

    咲ちゃんの怪我はほとんど治っているようでしたが、念のため医務室へ運ばれていきます。

    こうして、危機は去りました。

    その時、カチリ、と。

    私の頭の中で何かがはまる音がしました。

    それはきっと、私もみんなと同じように、この学園を構成するピースになれた音でした。