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終幕彼女

NEWS

  • 8話孤高の兵士とポリバケツ

    ヴェルヴェット=スピーカーさん。

    年齢は便宜上18歳とされていますが、不詳。

    出身は『LOST BULLET』。

    “FPS”というゲームジャンルらしいのですが、“FIRST PERSON SHOOTING1人称シューティング”の略で、要はプレイヤーが主人公目線になるので、画面に主人公の姿が出ないもののようです。

    銃器を扱うものが多く、敵兵やゾンビのような怪物と戦う、広い意味のシューティングゲーム。

    私にとってのシューティングゲームは、飛行機が敵機を撃ち落としていくものというイメージだったので、こんなものもあるんだと感心しました。

    ヴェルヴェットさんは、“クラウドナイン”と呼ばれた孤高の兵士で、彼女の凄腕の前に散った相手は、そのあまりに華麗な手際により、天へ昇るような気持ちになったそうです。

    『LOST BULLET』の世界は、意志を持ったAI――“Sentimental Artificial Intelligence”、通称SAIサイが支配する歪んだ近未来が舞台のようです。

    そこで、ヴェルヴェットさんは敵地へ乗り込み戦った。

    たった2人の部隊――彼女と、指揮官であるプレイヤーさんの2人きりで。

    ヴェルヴェットさんは、“ロストバレット”と呼ばれる強力な武器を操ったそうですが、詳細を学園長に尋ねても、『詳しくは本人から聞くといい』とのことでした。

    “ロストバレット”を巡るドラマが世界観の根幹にあるようですが……。

    ヴェルヴェットさんについて、学園長から聞いたことは、こんなところです。

    「孤高の兵士……ですか」

    体育館横の植え込みに隠れた私の目の前には、人がすっぽり入るサイズのポリバケツが、ズリズリと、ヤドカリのように動いていました。

    よくごみ箱として使われている、あのポリバケツです。

    あれは一体何をやってるんでしょうか……?

    来学5日目。

    これまで私は、雛乃ちゃん、咲ちゃん、ルノアちゃんという、終幕彼女の3人の仲間と仲良くなることができました。

    しゅぷーちゃんを除くと、今この学園にいる終幕彼女は、私を含めて5人。

    つまり、あのヴェルヴェットさんが最後の1人なのです。

    だから私は彼女と仲良くなりたくて、その姿を探していました。

    雛乃ちゃんいわく、

    『奴は一匹狼でな。普段から誰とも慣れ合わん』

    だそうです。

    確かに、屋上で初めて彼女の姿を見て以来、一度も会話をしていません。

    それどころか、学園内で姿を見かけることすらありませんでした。

    いつもどこで何をしているかみんなもわからないようで、私は悪いと思いながらも、学園長に彼女のことを尋ねた後、学園中を探し歩いていたのでした。

    そこで見つけたのが、不審なポリバケツ。

    まさかあのポリバケツが生きているはずはないので、中に誰かが入っているはずです。

    ……もしかしたら虚霊オーネかも?

    先日のシミュレーター室の件もあります。

    学園長は、改めて敷地全体を調べ、もう学園内に紛れている虚霊はいないと断言していましたが、いつだって例外はあるものです。

    固唾を飲んでポリバケツの動向を探ること、約15分。

    ついに動くポリバケツが、その正体を現しました。

    逆さになったポリバケツが少し傾いて、中に潜んでいたものが顔を見せました。

    「……ヴェルヴェットさん……」

    それは、孤高にして、最強の兵士。

    葬った敵は数知れない、無敵のスナイパー。

    ……その人が何をやっているんでしょうか……?

     

     

    *****

     

     

    どうやら、ヴェルヴェットさんは、ポリバケツに身を潜め、周囲の様子を伺いつつ、何かを尾行しているようでした。

    「はっ……まさか……」

    私は気づいて、口に手を当てます。

    「虚霊を尾行している……?」

    可能性は高いです。

    やはり虚霊はまだ学園内に潜んでいて、それを察したヴェルヴェットさんは、隠れてその動向を追っているのです。

    もしかしたら、相手の隙を見つけ次第、狙撃するつもりなのかも。

    考えれば、ポリバケツに身を潜めるというのも、冴えたアイデアです。

    逆さまになったポリバケツがそのへんに置いてあったとしても、ありふれたものなので、それほど不審には思われません。

    さらに、武器を携帯した大人が身を隠すのに十分な大きさがあり、一定の強度もあります。

    「これが戦場の知恵……!」

    ゴクリ。

    俄然、目を離せなくなってきました。

    先日、シミュレーター室の事件で、みんなとともに戦う覚悟を決めた私です。

    あの時のマイクは、今も私の懐の中にあります。

    霊在子を送って一定時間がたつと、剣から元の姿に戻るようでした。

    ただ、錆びついた状態ではなく、新品のような姿です。

    この状態は時間がたってもそのままだそうで、霊在子によって修復されたということなのでしょう。

    そしてさらに霊在子を送り、生命力をオーバーフローさせると、マイクから剣に変じるということでした。

    なんて便利な仕様なのでしょう。

    いざという時はこれを使って、ヴェルヴェットさんと協力して敵を討つこともやぶさかではありません。

    敵との接し方を、現場のプロから学ぶいい機会でもあります。

    私は1人、「うん!」と頷き、尾行の尾行をすることを決めました。

     

     

    *****

     

     

    ヴェルヴェットさんは、いついかなる時もポリバケツから出ることはありません。

    おじいちゃん先生が、「はて? こんなところにポリバケツなんてあったかの?」と首を傾げても、女子生徒数人に囲まれ、「あはは、これなにー?」と騒がれても。

    彼女はポリバケツの中で、眠った亀のようにじっと動かないのです。

    この中にいれば必ずやり過ごせる。

    そんなポリバケツへの厚い信頼が伺えます。

    そこへ。

    「ヴェルヴェットは『LOST BULLET』時代からあのスタイルだったですの」

    「わっ?」

    私は突然耳の横で聞こえた声に、小さく跳びあがります。

    その声の主は、

    「……しゅぷーちゃん!?」

    「いかにも! しゅぷーですの!」

    突然私の前に現れたしゅぷーちゃんは、空中でくるりと回転し、スマホで写真を撮られる女子高生のようにかわいらしいポーズを決めます。

    私はその登場に驚きつつ、あわててしゅぷーちゃんを両手で捕まえて抱きかかえます。

    「だ、ダメですよ……今は尾行中ですから……」

    私は人差し指で「しーっ」というジェスチャーをして見せます。

    そう、今は重要な任務の最中なのです。

    「かわいてくも?」

    「かわいくてもダメです」

    しゅぷーちゃんの体はふわふわもふもふで、思わず頬ずりしそうになりますが、ダメです。

    ……ヴェルヴェットさんには気づかれていないようです。

    よかった。

    念を入れて、遠めに距離をとっておいたのが功を奏しました。

    「優愛は尾行が趣味ですの?」

    「ち、違います……けど、ヴェルヴェットさんのことが知りたくて」

    「なるほどですの……。でも、ヴェルヴェットは意外とわかりやすい子ですの」

    「そうなんですか?」

    「自分で決めた信念に従って生きてるから、行動はいたってシンプルですの」

    「……たとえば?」

    「前にこう言っていたですの。『銃器を扱う者ほど、冷静かつ慎重でなければならない。力に溺れ、すぐに銃を抜くなどもってのほかだ』」

    「うーん……さすが歴戦の兵士さんです」

    「“鉄のポリシー”というやつですの」

    数々の戦場を駆け抜けた彼女が言うからこそ重みのある言葉だと、私は感心しきりです。

    その時でした。

    「……あ、虫さんが」

    あれはカナブン……いえ、コガネムシでしょうか。

    光沢のある翅を小刻みに動かして、私を背中から追い抜く形でヴェルヴェットさんの方へ飛んでいきます。

    そして、ヴェルヴェットさんの目の前に着地したところ。

    「……!!!!」

    ガタガタッ! と、ポリバケツが激しく揺れました。

    直後。

    ――ガァン!

    「発砲しました!?」

    まるで天敵の掃除機に襲われた時の猫でした。

    恵まれた体格を生かし、ヴェルヴェットさんはビョンッと跳びあがると、かぶっていたポリバケツを天高く舞い上げ、地面に放り出します。

    むなしく転がるポリバケツ。

    そしてケレン味たっぷりに着地するや否や、ヴェルヴェットさんは腰から拳銃を抜き、虫に向かって発砲したのです。

    ――ガァン! ガァン! ガァァンッ!

    しかも何度も、入念に。

    幸い弾は外れ、命拾いしたコガネムシは、あわてて飛び去って行きます。

    「……はぁ……はぁ……危ないところだった」

    額の汗を拭いながら、息を整えるヴェルヴェットさん。

    そして言います。

    「私の隙を突こうなど……100年早い」

    虫さんはおそらく100年生きられません。

    「私を誰だと思っている? 巣に帰って上官に報告するがいい……『クラウドナインは落とせない』とな」

    なんてクールで痺れる台詞でしょう。

    相手が虫さんでなければ。

    「「……」」

    一部始終を眺めて、つい目が点になる私としゅぷーちゃん。

    私は、確かめるように言います。

    「銃器を扱う者ほど、冷静かつ慎重でなければならない……?」

    「まぁ、その、時と場合によるですの。……たぶん」

    罰が悪そうに目をそらすしゅぷーちゃん。

    どうやら、ヴェルヴェットさんは大の虫嫌いだったようです。

    “鉄のポリシー”を曲げねばならないほどの。

    それならやむをえません。

    ……えないかな?

    「い、今のはアレですの。緊急処置だったですの」

    「緊急処置……」

    「そうですの。普段のヴェルヴェットは冷静沈着な女ですの」

    「……ですよね」

    しゅぷーちゃんが言うならきっとそうなのでしょう。

    今のは、例外中の例外だったはずです。

    だって“鉄のポリシー”なのですから。

    気を取り直したヴェルヴェットさんは、転がったポリバケツをサッと拾うと、またその中に身を隠しました。

    戦場で培われた無駄のない、流れるような動き。

    まるで普段からあの中に住んでいるかのような自然さです。

    そして再びヤドカリ活動を開始するので、私たちも尾行を再開します。

    「ヴェルヴェットさんはどうしてみんなと一緒にいないんですか?」

    「うーん、元々の性格だとは思うですの」

    私の質問に、しゅぷーちゃんは考えつつ答えました。

    「でも現世では、以前に増して口数が少ない気がするですの。……何か過去と関係があるのかも」

    「過去と……」

    ヴェルヴェットさんは『LOST BULLET』の世界で、一体何を見て、何と戦ってきたのでしょう。

    そして虚霊に襲われて……何を失ったのでしょう。

    「私、ヴェルヴェットさんとお話をしたいと思っていました」

    「ふむ、ですの」

    「だけど……それは迷惑なんでしょうか?」

    しゅぷーちゃんは考えます。

    そして、「……あれを見るですの」と答えました。

    「あれ?」

    「ヴェルヴェットが尾行していた相手ですの」

    「え?」

    しゅぷーちゃんがかわいらしい蹄で指示した方向。

    そこには、学食前のテラスで休んでいるプレイヤーさんがいました。

    今は放課後。

    テラスに人は少なく、プレイヤーさん以外にはぽつりぽつりとしかいません。

    彼は休憩中なのか、グラスでアイスコーヒーらしきものを飲んでいました。

    「尾行相手は……プレイヤーさん?」

    「そのようですの」

    ヴェルヴェットさんの尾行対象は、虚霊ではなかったようです。

    だけど、どうしてプレイヤーさんの後をつけていたのでしょう?

    学園長によれば、2人は兵士と指揮官の関係だったそうです。

    2人きりの特殊部隊。

    2人はどうやって出会い、どうやって戦いの日々を過ごしたのでしょう。

    同じ目標を持って、同じ食糧を分け合い、同じ悩みや苦しみを共有した……。

    そしてそれは、ヴェルヴェットさんだけではありません。

    雛乃ちゃんも、咲ちゃんも、ルノアちゃんも。

    彼女たちは、それぞれの世界でそれぞれプレイヤーさんとの絆を深めてきたのです。

    「……」

    なぜだか、胸がちくりと痛みました。

    「ん……? ヴェルヴェット?」

    しゅぷーちゃんのつぶやきで、私は現実に意識を戻しました。

    「な、何をするつもりですの??」

    「え?」

    見ると、ヴェルヴェットさんはポリバケツから半身を出し、地面に片膝を突いた姿勢でプレイヤーさんを凝視していました。

    その視線はこれまでにない、険しいものでした。

    そして、制服のスカートをまくり、太股に巻いた革のホルダーからナイフを一本取り出すと、投擲の構えをとりました。

    「ヴェルヴェットさん? まさか……」

    彼女の視線はまっすぐプレイヤーさんを射抜いています。

    素人の私でもわかります。

    あれは殺意です。

    「ど、どうして……!」

    2人は部隊を組んでともに戦った仲のはずです。

    なのにどうして……プレイヤーさんの命を狙っているんですか?

    「ヴェルヴェットさ……!」

    私が声を上げ、飛び出そうとした時でした。

    ためらうことなく、ヴェルヴェットさんは、ナイフをプレイヤーさんに向けて放ちました。

    「待っ……!!」

    私は無力で、その一連の動きを端から見ていることしかできませんでした。

    思わずぎゅっと目をつぶります。

    ……そして、おそるおそる目を開くと。

    「……あれ?」

    何事もなかったようにイスに座り、グラスを傾けているプレイヤーさんがいました。

    ヴェルヴェットさんが放ったナイフは、プレイヤーさんの頭上1.5メートルほどのところ、長い木の枝から鎌首をもたげていたヘビの頭を貫いていました。

    彼女が狙ったのはプレイヤーさんではなく、彼を襲う可能性のあった野生のヘビだったのです。

    「……はぁ……」

    ほっとした私は、その場にへたりこみます。

    しゅぷーちゃんが言いました。

    「ヴェルヴェットに限ってそんな裏切りをするはずがないですの。彼女のプレイヤーに対する信頼は生涯揺らがないですの」

    「そう、ですか……」

    ほっとしたような、胸がまた少しだけ騒ぐような。

    2人を結ぶ固い絆。

    ナイフを投げた後、すぐさまポリバケツに身を隠し、プレイヤーさんの監視を続行したヴェルヴェットさんのまっすぐな目を見れば、すぐに理解できました。

    彼女は深く深く、プレイヤーさんのことを思っています。

     

     

    *****

     

    ……その後、10分ほど。

    ヴェルヴェットさんは身じろぎもせず、ポリバケツを再びかぶったまま、プレイヤーさんのことを見つめ続けていました。

    「あれは何をしているんでしょう?」

    「プレイヤーを見てるですの」

    「何のために?」

    「きっと理由はないですの」

    そのことは私にもわかりました。

    さっきのヘビみたいに、プレイヤーさんの安全を陰ながら守る目的はあるのでしょう。

    だけど、プレイヤーさんを見つめる彼女の焦がれるような目は、彼を見つめることそれ自体に目的があるように見えました。

    とはいえ、たまに動きは見せるのです。

    数分おきに、彼女はポリバケツを出て立ち上がろうとする動きを何度か見せました。

    でも、結局は動かずじまい。

    そのたび彼女は悔しそうに歯噛みするのです。

    視線の先には、やはりプレイヤーさん。

    「……あれは……」

    「優愛。ヤボは言わないことですの」

    「……はい」

    間違いなく、あれはプレイヤーさんに話しかけようとしているけれど、勇気が出ないという構図でした。

    勇猛果敢な兵士で、いくつもの戦場で敵兵を震え上がらせたヴェルヴェットさんが、頬を赤らめながら、心底「私にもっと勇気があれば」という顔をするのです。

    私の胸は、切なさできゅーっと苦しくなります。

    ヴェルヴェットさんは、胸から下げた、あれは認識票というのでしょうか、個人を識別するための金属プレートを握りしめ、つぶやきました。

    「リド……私に勇気をくれ……」

    あれは、亡くした戦友のものでしょうか。

    神に祈るように、目を閉じ、胸の前でそれを握りしめます。

    だけど結局、ヴェルヴェットさんはプレイヤーさんに話しかけに行くことができませんでした。

    やがて彼女はあきらめたように立ち上がり、ポリバケツを片手で背負うように持つと、その場から立ち去ります。

    「あ……」

    私はつい植え込みの陰から立ち上がり、声を上げてしまいました。

    そのせいで、彼女と真正面から目が合います。

    「……」

    「あ、あの……」

    彼女は、色のない顔で私のことを見つめます。

    サバンナの獣を思わせる褐色の肌、筋肉質の体、そして170cm近い高身長。

    私は気圧されて、つい俯いてしまいます。

    「……私に何か用か?」

    先に口を開いたのはヴェルヴェットさんの方でした。

    「あ、あ、いえ……そういうわけじゃないんですが……」

    「失礼する」

    「あ、待ってっ!」

    しどろもどろになる私を見限って、立ち去ろうとする彼女の背中に声をかけます。

    彼女は足を止めて、こちらを振り返ってくれました。

    「何だ」

    「あの……話しかけないんですか? その、プレイヤーさんに……」

    私がそう言うと、ヴェルヴェットさんは小さく眉をゆがめました。

    見られているとは思わなかったのでしょう。

    そして、軽く唇を噛みました。

    私はどうしてそんなことを聞いてしまったんだろうと思いました。

    ヴェルヴェットさんは、突き放すように言いました。

    「私に構うな」

    私はそれ以上何も言えず、「すみません」と頭を下げることしかできませんでした。

    去っていくヴェルヴェットさんの背中。

    それはとても淋しげに見えました。

    しゅぷーちゃんが私を慰めるように、肩の上に乗って、そのふわふわな頬で、私の顔をなでてくれました。

    「ヴェルヴェットさん……とても悲しい目をしていました」

    「ねぇ、しゅぷーちゃん」と、私は言いました。

    私は、なぜだかヴェルヴェットさんの気持ちがわかる気がしました。

    生きた世界も、帯びた使命も違うのに、なぜだかとても。

    「何ですの?」

    「……私もあんな目をしているんでしょうか?」

    あんな、悲し気な目を。

     

     

    *****

     

     

    私はヴェルヴェットさんに嫌われてしまったのかもしれません。

    それも仕方がないと思えます。

    私は本人の承諾を得ずヴェルヴェットさんの話を他人から聞き出し、さらに黙って尾行して、挙げ句の果てに失礼な質問をしました。

    自己嫌悪になります。

    夕方になり、日が少し傾きかけてきました。

    しゅぷーちゃんは用事があると言って、どこかへ行ってしまいました。

    私は1人、屋上へ上がり、風に当たろうと考えました。

    するとそこに先客がいて……それはヴェルヴェットさんでした。

    そして学園長。

    2人は何か込み入った話をしているようでした。

    私は、開きかけた屋上につながるドアを再び閉めようとしましたが、夕暮れの乾いた風に乗って、2人の会話が聞こえてきます。

    「これから戦いは本格化する」

    学園長が言いました。

    「そうか」と、ヴェルヴェットさんは答えました。

    申し訳ないとは思いつつ、その深刻さが気にかかって、私は少しドアを開いたまま、2人の会話に耳をそばだててしまいました。

    「これ、渡しとくよ」

    「これは……」

    学園長がヴェルヴェットさんに手渡したのは、銃身の長い一丁の銃でした。

    あれはライフル銃というものでしょうか。

    喪界そうかいクラウドで新たにサルベージしたお前の愛銃だ」

    「……」

    「懐かしいか?」

    「ああ」

    ヴェルヴェットさんはそれを受け取り、じっと見つめました。

    その瞳は懐かしんでいるような、哀しんでいるような、複雑な色をしていました。

    すると、顔を上げ、ヴェルヴェットさんは尋ねます。

    「あの件はどうなった?」

    「あの件?」

    「『LOST BULLET』の世界へ戻る件だ」

    「ああ、そのことね」

    学園長は少しだけ難しい顔をして答えます。

    「調整中だ。ほどなく失われた世界へのゲートが開通する。ただ、『LOST BULLET』の世界はつながりづらくてね。少し遅れるかもしれない」

    「……そうか」

    また瞼を伏せるヴェルヴェットさん。

    一方、その話を耳にした私は動揺を隠せません。

    ……失われた世界へのゲート?

    それは、終わったゲーム世界へ行けるということですか?

    ヴェルヴェットさんのいた世界にも、私のいた世界にも?

    それはどうやって?

    その目的は?

    「ヴェルヴェット、焦ってるのか?」

    「……そういうわけじゃない」

    「そうか」

    2人は少しの間黙って、風が髪を遊ばせるのに任せていました。

    すると、学園長はヴェルヴェットさんの肩に手を置くと、

    「早めに寮に帰れよ」

    そう言って目配せをして、彼女に背中を向けました。

    ヴェルヴェットさんに後ろ向きで片手を上げ、学園長がこちらへ近づいてきます。

    私はあわてて近くにあった掃除用具入れに身を隠しました。

    そして学園長が階段を下りていなくなるのを待つと、そろそろと掃除用具入れから出て、屋上に1人たたずむヴェルヴェットさんの背中を見つめました。

    空が真っ赤に焼けていました。

    ヴェルヴェットさんのストロベリーブロンドの髪が風に揺れ、夕陽を透かしたせいで、髪の先が燃えているように見えました。

    学園長は言っていました。

    『これから戦いは本格化する』と。

    私の知らないところで、戦況は推移しているのです。

    ヴェルヴェットさんは、かつての愛銃を握りしめ、小さな声で言いました。

    「……また戦えというのか。すべてを失ったこの私に」