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終幕彼女

NOVEL

  • 9話最初の任務

    来学6日目。午前9時。

    「学園に来て今日で6日目か。寮にも慣れた頃だろ?」

    「あ、はい。だいぶ慣れてきました! みんなにもよくしてもらえますし!」

    「そっかそっか。よかったよ」

    学園長は、ブラックコーヒーの匂いが漂う彼女の部屋で、嬉しそうに笑いました。

    「ここ数日は色々面倒をかけたね。特にシミュレーター室の時は」

    「あ、いえ、全然っ。みんなが無事ならいいんです!」

    「今後はもうああいうことはないはずだ。そもそも、学園には対虚霊オーネ用の強力な結界を張ってあって、侵入はできないはずだったんだ」

    「そうなんですか?」

    「ああ。プレイヤーの霊在子ザイン量が想定以上でね。それで嗅ぎつけられてしまった。霊在子は生命の源だ。だから虚霊オーネも霊在子を求めてる。ま、今はさらに厳重に結界を張り直したから心配はいらない」

    霊在子は生命の根源。

    無機物にも、私たちのような情報生命にも命を与える万能の力。

    初めてプレイヤーさんに霊在子を注がれたことを思い出して、私はちょっと赤くなります。

    「どうした?」

    「い、いえ……」

    あれ、すごく気持ちがよくて……変な気分になるので……。

    思い出すほど、顔が赤くなってしまっていけません。

    すると、学園長は「ははーん」と言って、口元を緩めました。

    「……お前、意外とムッツリか?」

    「なななっ!? なんでですかっ!?」

    「いや、別にー?」

    学園長がおどけて口笛を吹く真似をした時でした。

    ――バァンッ!

    「学園長ー! 任務の準備できたっすよー!」

    突然、部屋の扉が開いて、意気揚々と咲ちゃんが顔を出しました。

    その後ろには雛乃ちゃんもいて、呆れたようにため息をついています。

    「まったく……お前はノックくらいせんか!」

    「ノックって?」

    「そこから!?」

    2人のいつものやりとりに、私はちょっとほっこりします。

    「お、もうそんな時間か」

    学園長が、部屋の掛け時計を見て言いました。

    そして私に向き直ります。

    「さて、優愛。さっそくで悪いが、今日はお前たちに任務がある」

    「任務……ですか?」

    「学園都市外における霊抜れいばつ高域の保全だ」

     

     

    *****

     

     

    「しゅっぷー! あらためてしゅぷーですの! 任務のサポートは任せるですの!」

    任務の現場に到着すると、しゅぷーちゃんが元気に出迎えてくれました。

    そして、そのしゅぷーちゃんを抱いていたのは……。

    「主よ。今日はよろしく頼むぞ?」

    「頑張りましょー! 先輩っ!」

    「うん、よろしく」

    雛乃ちゃんが言うところの“主”さんであり、咲ちゃんが言うところの“先輩”さん。

    何だか複雑ですが、つまりプレイヤーさんでした。

    「あ、あの、おはようございますっ!」

    「おはよう。お互い今日は初任務だから頑張ろう」

    「は、はいっ!」

    私はちょっと緊張しながら挨拶をします。

    今まで話を聞いたり、少し見かけたり、危機を救われたりすることはあっても、一緒に活動することのなかった相手です。

    私はここ数日、ずっと気になっていました。

    他の終幕彼女エンドロールのみんなと同じように、たぶん私も元の世界で、彼と同じ時間を過ごしていたのです。

    じゃあ、それはどういう関係で?

    どんな風に始まって、どんな風に終わりを迎えた?

    そんなことを考えると、胸がもやもやするような、懐かしいような、不安なような、不思議な気持ちになりました。

    「では、さっそく“霊抜れいばつ”について説明するですの」

    「わっ?」

    プレイヤーさんの胸に抱かれていたしゅぷーちゃんがぴょんと跳ね、私の頭の上に乗り換えます。

    ちなみに、今日の任務の参加者は、プレイヤーさんとしゅぷーちゃん、そして雛乃ちゃん、咲ちゃんに私を加えた5人です。

    ルノアちゃんとヴェルヴェットさんは他に任務があるそうで、別行動。

    少し淋しい気持ちです。

    「霊抜というのは世界の危険度をあらわす指標ですの。単位は“メルト”。これが高いほど、その世界は虚霊の脅威にさらされてるですの。現世はまだ局地的に数m程度。でも滅んだ世界は数10mに及ぶですの」

    「ここが……その霊抜高域なんですか?」

    「しゅぷ。だから今日の任務はこのエリアの霊抜を下げること」

    「でもここって……秋葉原ですよね?」

    電気街として知られた街、秋葉原。

    私の記憶が確かなら、私たちはその駅前にいました。

    JR秋葉原駅の改札を出た、電気街口のところ。

    私の元いた世界はこの世界をベースにしているそうなので、おそらく間違いないと思いますが……。

    「それに危険な割にはみんな普通にしてますね……?」

    あたりを見回しても、いつもの街の風景といった感じで、異常は見当たりません。

    相変わらず多くの人が行き交う、活気のある場所です。

    「ああ、それはじゃな――」

    雛乃ちゃんはそう言いかけた直後、瞳を険しくさせます。

     

    ――OHHHHHH----!!!

     

    「っ! 虚霊ですかっ?」

    虚霊の咆哮が聞こえたのは、ラジオ会館前のあたり。

    行き交う人に交じって、群れをなす虚霊を見つけます。

    数えたところ、7体。どれも獣型です。

    みなサイズが小さいので、おそらく以前咲ちゃんが言っていた下級虚霊バグクラスと呼ばれるものでしょう。

    「うむ……話は後。早速お出ましのようじゃ」

    「人を襲う前に討伐するですの!」

    「優愛っちもいくっすよ! 訓練の成果を見せる時っす!」

    「は、はい! 緊張しますけど……頑張ります!」

    ですが、気になることがあります。

    それを言葉にしてくれたのはプレイヤーさんでした。

    「え? ここで戦うの?」

    その通りです。ここは秋葉原のど真ん中。

    「そ、そうです! たくさん人がいますよ!?」

    こんなところで派手に戦ったら注目を浴びて、騒ぎになってしまいます。

    ですが、咲ちゃんは構わず前へ出て、構えを取ります。

    「心配ないっす! 急ぐんで説明は後で! 先輩も準備はいいっすか?」

    「わ、わかった!」

    雛乃ちゃんもしゅぷーちゃんも、「心配いらない」という表情で私を見て頷きます。

    「みんなに霊在子ザインを送る!」

    プレイヤーさんが、まず咲ちゃんと雛乃ちゃんに向けて、手をかざします。

    すると、

    「んっ……」

    「んんっ……」

    咲ちゃんと雛乃ちゃんが、顔を赤らめ、体をびくんと小さく痙攣させました。

    瞬間、2人の体からオーラが立ち上ったような気がしました。

    それは目には見えないものですが、はっきりと認識できました。

    これは一般の人にも見えるのか、私たちだけに見えるのかわかりませんが、2人の生命力のようなものが今までになく充実しているのは確かでした。

    「ひとまずは制服のままでよいな!」

    「はいっす!」

    そして、プレイヤーさんは私の方に手のひらを向けます。

    「……んんっ……」

    声が出てしまって恥ずかしいですが……体の奥底から力が湧き出してくるのがわかります。

    シミュレーター室の時と同じ感覚です。

    体が熱くなって、スポーツで“ゾーンに入る”とよく言いますが、そんな絶好調のコンディションと研ぎ澄まされた集中力を併せ持ったような境地に達します。

    「じゃあ優愛っち、4人での初戦、気合入れていくっすよ!」

    「油断するでないぞ!」

    「は、はい! 頑張りますっ!」

     

     

    *****

     

     

    「き、緊張しました……」

    初めての実戦は、ものの3分ほどだったでしょうか。

    虚霊は7体、そのうち6体は雛乃ちゃんと咲ちゃんがあっという間に倒してくれたので、残り1体が私の相手となりました。

    私は、マイクが剣の形をとったあの武器を携え、3度空振りをした後、何とか4度目の正直で相手を両断することに成功しました。

    「優愛っち、よかったっすよ!」

    「は、はい……」

    息が切れ切れでした。

    事前にシミュレーターで何度もトレーニングしていたものの、やはり実戦になると緊張感が違います。

    まともに攻撃を受ければ大ケガも避けられないと思うと、思い通りの動きができません。

    今回の敵は、最初にシミュレーター室で戦った最も弱い敵と同等か、少し素早いくらいでしたが、それでも雛乃ちゃんや咲ちゃんのアドバイスがなければ、うまく倒せなかったと思います。

    「まだまだだが、最初にしてはやる方じゃ」

    雛乃ちゃんは、ぎりぎり合格点を出してくれたようでした。

    「……無事でよかった」

    プレイヤーさんは、大きく胸をなでおろしました。

    それを見ると、私もほっとして、大きく息をつきました。

    「でも、本当に平気でしたね……?」

    私はもう一度あたりを見回します。

    「街の人たち、私たちが戦ってても、特に気にしていませんでした」

    いきなり街中で剣を振り回したのです。

    注目はそれなりに浴びていたように思いますが、大きな騒ぎにはなっていませんでした。

    「だから言ったじゃないっすか」

    咲ちゃんがあっけらかんとして答えます。

    「自分たちが武装して戦ったところで、ここじゃコスプレイヤーのパフォーマンスにしか見えないっすよ」

    「こ、コスプレイヤー……」

    今は全員制服姿ですが、学園の屋上で戦った咲ちゃんや雛乃ちゃんたちのように服も変われば、確かにそう見えるのかもしれません。

    たぶんあの衣装も、以前咲ちゃんが言っていた“断章決装ロストアーツ”というものなのでしょう。

    「それに下級の虚霊は普通の人間には見えんしのう」

    「あ、たしか学園長がそう言ってました」

    「下級虚霊は存在の力が弱いゆえな。中級以上はそうはいかんが。だから現実世界は平和なものじゃ。世界の危機などついぞ知らぬ」

    「せいぜい神隠しのうわさが目立ってる程度っすね」

    「そういう感じなんですね……」

    多くの人たちは、いつかこの世界を混沌に陥れるかもしれない虚霊の存在を知らないまま暮らしている。

    そう考えるとぞっとするものがありました。

    危険ならみんなに知らせた方がいいのではとも思いましたが、政府の判断でそうしていないと、しゅぷーちゃんが教えてくれました。

    学園と政府は連動して動いていて、なるべく騒ぎは起こさないまま、秘密裏に虚霊に対処することを求められているそうです。

    その活動の一環として今回の任務がある、とのこと。

    「……ん?」

    すると、周囲がざわつき始めていることに気づきました。

    ひそひそ話に耳を傾けると、

     

    「(さっき急にパフォーマンスしてた子たち見たことない?)」

    「あの子に似てない? ほら、この前終わったゲームの子……」

    「(ばっか、そんなわけないでしょ)」

    「(そっか、でも似てるからさ……)」

    「(そういうレイヤーとかなんでしょ)」

     

    「……」

    私は、どう反応していいかわからず、みんなの顔を見回します。

    小さく息を吐いて、雛乃ちゃんが言いました。

    「だが、まさか終わったゲームの住人がこうして現れて、皆のために戦っているなど誰も夢にも思わんだろうな」