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終幕彼女

NOVEL

  • 10話デートで強くなる

    秋葉原での最初の戦いを無事終えた私たち。

    咲ちゃんは学園から持ってきた重そうなリュックを背負い、私に言いました。

    「よっと! じゃあ自分と殿は結界を張る作業に行ってくるんで!」

    「結界……ですか?」

    「んー、詳しくはわかんないっすけど、電柱によくわからない機械をつけて、いい感じに霊抜れいばつを下げるらしいっす」

    咲ちゃんはちんぷんかんぷん、といった様子で首を傾げながら言います。

    「電線を結界として利用するとか? 電気が流れてるのが都合いいとか? ともかく虚霊オーネが寄りつかなくなるとかで……。いや、全然わかんないっすけど」

    「本当に全然わかってないな」

    プレイヤーさんが冷静に突っ込みます。

    「自分は体力要員なので! 作業できればいいんです!」

    一方の咲ちゃんは、むん、と力こぶを作り、むしろ誇らしげ。

    こういうブレないところが咲ちゃんの良さです。

    そして続けざま、思わぬことを言いました。

    「で、その間、優愛っちは先輩とデートしててほしいっす」

    「えっ? デ、デートですか? ……任務の途中にですか!?」

    驚いてちょっと声が裏返ってしまう私です。

    悠長すぎませんか??

    それに、相手はプレイヤーさん??

    「それも任務の一つ! 強くなるための修行っす!」

    「強くなるための……??」

    「いかにもっす! 先輩のもつ霊在子ザインは自分たちの強さの根源。霊在子は心が通い合うほど流れ込みやすくなります。つまり自分たちは先輩と仲良くなればなるほど強くなるってわけっすよ!」

    「仲良くなると強くなる……? そんな修行もあるんですね……?」

    どうやら、チームワークの向上などといった単純な話ではないようです。

    私たちの生命線である霊在子を、プレイヤーさんから効率的に吸収するために必要なことらしく。

    「そうっす! 先輩に任せておけばだいたい何とかなるっす!」

    「人を便利グッズみたいに……」

    「へへ、一家に一台、先輩っすね!」

    「霊在子にはまだまだ色んな可能性があると言われてるですの。”奇跡”だって起こせると学園長も言ってたですの」

    「……僕の訓練次第ってわけか」

    「そういうことですの!」

    奇跡。

    一言で言ってしまえば凡庸ですが、それは希望に満ちた言葉でした。

    奇跡とは、不可能を可能にすること。

    それは虚霊を倒すこと? この世界を守ること? それとも……。

    「ともあれ優愛っちはまだ戦闘に慣れないぶん、早く先輩と仲良くなってほしいんすよ」

    「は、はい……」

    「心配無用じゃ。万事余に任せておけ」

    「雛乃ちゃん?」

    「余さえおれば天下安泰。お前が危惧する余地などないわ」

    「お、さっすが殿! 頼りにしてるっすー!」

    「ふふん、是非に及ばん」

    「じゃあ殿! のど渇いたんでジュース買ってきてほしいっす!」

    「で、あるか。ならば余がそこな自販機で全員のジュースを……買わんわ!」

    咲ちゃんと雛乃ちゃんがいると、気持ちが和らぎます。

    こうしてみんなで笑っていると、いくら任務が危険でも、どうにかなってしまう気がします。

    1人じゃこうはいきません。

    これが仲間の大切さ、というものでしょうか。

    「んじゃ、優愛っち! 自分らは行ってくるんで! ごゆっくりー!」

    「は、はい! 気をつけて!」

    ここで2人とは別行動。

    しゅぷーちゃんは私たちと一緒に来てくれるそうです。

    咲ちゃんがいつまでもこちらに手を振り、それを雛乃ちゃんが横から「転ぶぞ」と腕を引いて去っていくのを、私とプレイヤーさん、そしてしゅぷーちゃんの3人で見送りました。

    「……」

    「……」

    「あ……えっと……じゃあ……」

    しばしの無言をへて。

    私は気恥ずかしくて顔を赤くしながら言いました。

    「デ、デート……しますか?」

     

     

    *****

     

     

    デートと言っても、何をすればいいかわかりません。

    ひとまず私は、ぬいぐるみの真似をして動かないしゅぷーちゃんを胸に抱いて、秋葉原の大通りを歩きます。

    特にどのお店に入るでもなく。

    プレイヤーさんも、会話の糸口を探しているような顔で、どこか所在なげです。

    気の利いたことも言えないので、私はとりとめもなく、今の気持ちを漏らしました。

    「……ほっとしました」

    「え?」

    「あ、いえ、咲ちゃんも雛乃ちゃんもいい子たちでよかったなって。私、記憶がないままここにきたから不安で……。自分が何者か、どうしてここにいるのかもよくわかっていなくて……」

    「……わかるよ」

    「えっと、あなたは……知っているんですか? その……私のこと」

    ずっと聞きたかったことでした。

    学園長や雛乃ちゃんたちは、なるべく私がパニックにならないように、過去のことを話しすぎないよう考慮してくれていました。

    右も左もわからない状態で、いきなり情報を詰め込まれたら、頭も心もオーバーヒートしてしまうだろうと、私も思います。

    それが辛い過去ならなおさら。

    だけど、こちらの世界にもだいぶ慣れてきました。

    そして、直面しているのは初任務。

    そろそろ自分のことを知ってもいい頃です。

    いえ、むしろ知らなければいけない時かもしれません。

    「……君はアイドルだった」

    プレイヤーさんは慎重に答えてくれました。

    「そう、なんですよね……。前にも言われましたけどやっぱりピンとこなくて……」

    この私が、みんなの前で歌って踊っていたなんて、にわかには信じられません。

    アイドルというのはとてもかわいい人のことで、自分がそれを名乗っていたなんて、気恥ずかしくもありました。

    すると、プレイヤーさんは、すぐに先に見えたお店を指さします。

    「……あそこの店に入ってみようか」

    「は、はい……?」

    その店は、ゲームやアニメのキャラクターグッズを扱うお店のようでした。

    5階建ての雑居ビルで、売り場スペースは4階まで。

    店内は色鮮やかで、フロアごとに本だったり、音楽CDだったり、ポスターやキーホルダーなどのグッズだったりが、整理して売られていました。

    驚いたのはその物量で、無数にも思える作品やキャラクターが次々目に飛び込んでくるので、私は驚きと感動でずっと口を開けていました。

    プレイヤーさんは、何かを探して店内を歩き、ぴたりと立ち止まると、私を振り返って言いました。

    「これを見て」

    「キーホルダー……ですか?」

    それは、デフォルメされた女の子のキャラクターがついたアクリル製のキーホルダーでした。

    私はそれを手に取って眺めます。

    プレイヤーさんはなぜ私にこれを見せようとしたのでしょう?

    それをひっくり返したり、書かれている文字を読んでみたりします。

    裏側に『アイドルリフレイン』のロゴ。

    表側は、肩までの茶色がかった髪の、おっとりした女の子。

    その足に少しかかる位置に、ローマ字の名前が書かれています。

    それを読むと……『YUA KOKORONE』。

    私ははっとします。

    「これ、もしかして……」

    「うん」

    「私……なんですか?」

    プレイヤーさんは頷きました。

    驚いたことに、そのキーホルダーの女の子は、私だったのです。

    「他にも種類があります……これは別の女の子?」

    「君の仲間だよ」

    「私の仲間……」

    私は、すべてのキーホルダーを手にとって、見つめます。

    私を含めて、5種類。私以外に、4人の女の子。

    みんな同じステージ衣装を着ています。

    衣装は色違いになっていて、私は赤色。そして青色の子に黄色の子やピンク色の子……。

    「アイドルユニット……だったんですか?」

    「うん。みんな仲良しでね」

    だけど私は瞼を伏せ、唇を噛みます。

    「でも私、誰の顔もわからない……」

    とても申し訳ない気持ちになりました。

    自分がとても薄情な人間に思えて。

    彼女たちと私は、一緒にどんな時間を過ごしてきたのかはわかりません。

    だけど、大事な仲間だったはずなのです。

    トレーニングの時、咲ちゃんが私の基礎体力を誉めてくれました。

    あれはきっと、アイドルのレッスンの賜物だったのです。

    ファイターとしてならした咲ちゃんが舌を巻くほどのレッスンを、私は、いえ、私たちはしていたのです。

    きっとお互いに励まし合って。手を取り合って。

    だけど……忘れた。

    ふと、プレイヤーさんの顔にも翳りが差したのがわかりました。

    そう、彼とも私は一緒だったのです。

    申し訳なさに拍車がかかって、私が俯くと……。

    「……僕がいるから平気だよ」

    「え?」

    「一緒に少しずつ思い出せばいい」

    「でも」

    「大丈夫。ほら、僕は便利グッズらしいし?」

    「……ふふ」

    思わず、私は少し笑いました。

    この人が一緒にいてくれて、よかったと思います。

    「一家に一台、プレイヤーさん?」

    「こら」

    暗くなっている場合じゃないと思いました。

    私が暗くなれば、周りのみんなも気にします。

    それなら、私はせめて前を向かないと!

    「……えへへ、不思議ですね。プレイヤーさんと話していると安心します」

    心の奥底でずっと一緒にいたことを覚えているのかもしれません。

    「そうだと嬉しいよ」

    プレイヤーさんも笑ってくれます。

    その屈託のない笑顔を見ると、嬉しくて、胸の中がくすぐられるようです。

    「ありがとうございます。私、頑張りますから」

    そう言って私が笑うと、プレイヤーさんも微笑みを返してくれます。

    「僕も頑張る」

    「……えへへ」

    「……はは」

    そうやって、2人で照れくさそうに視線を合わせていると、

    「しゅぷーは空気……。しゅぷーは空気ですの……」

    ずっと私の胸に抱かれたままだったしゅぷーちゃんが、棒読みでつぶやきました。

     

     

    *****

     

     

    その後、連絡を受け、結界を張り終えた咲ちゃん、雛乃ちゃんと合流しました。

    「あー! あったっす! 自分のグッズー!」

    さっき私とプレイヤーさんとで行ったところとは別のグッズショップで、咲ちゃんが歓喜の声を上げました。

    「ゲーム終わってもう1年っすけど、まだちゃんと売ってるんすねー! えっへへー……嬉しいなー!」

    すると、雛乃ちゃんが仏頂面で言います。

    「ふ、ふん、安いフィギュア程度で騒ぐでないわ」

    「あれー? 悔しいんすか? 殿も自分のグッズ探してるんすよね?」

    「さ、探してなどおらん!」

    「嘘ばっかりー。さっきからずーっときょろきょろしてるっす」

    「く、曲者の気配感じただけだし! 斥候せっこう探してるだけだし!」

    雛乃ちゃんは普段、侍言葉というのでしょうか、それこそ織田信長らしい言葉遣いを努めて心がけているようですが、慌てたり感情的になったりすると、素の女の子言葉が出てしまうようです。

    正直、私はそれがかわいいと思っていますが、言うと雛乃ちゃんは怒るので、私は自分に箝口令を敷いています。

    「でも殿のグッズがないっすねぇ……。亜種はいっぱいあるんすけど」

    「亜種とか言うな!」

    「あー残念! 信長違い! みたいな」

    「お前は喧嘩を売っとるのか!?」

    咲ちゃんの言う通り、この世界にはたくさんの織田信長がいるようです。

    何十人? それとも何百人?

    わかりませんが、雛乃ちゃん以外にも存在する、織田信長を原典とした多種多様な架空のキャラクターです。

    とても若くてイケメンな信長さんもいますし、雛乃ちゃんのように美少女化した信長さんもいます。

    まるで信長さんの見本市です。

    プレイヤーさんによると、織田信長というのは、この世界では屈指の人気者らしく、ゲームや漫画などの分野で日々新たな信長さんが生まれているとのことでした。

    依然、雛乃ちゃんもこの状況に不満を漏らしていましたが、その気持ちがわかりました。

    自分であり、自分ではない人たちが溢れかえる状況。

    混乱するし、その中で一角ひとかどであろうと思うとプレッシャーも並大抵ではありません。

    そんなことを考えながら棚を捜索していると、私は発見します。

    「あっ、これ! 雛乃ちゃんじゃないですか?」

    「え?」

    「間違いないです! これ! 金髪にツインテール! 雛乃ちゃんですよっ!」

    そのクリアファイルに描かれたイラストは、雛乃ちゃんの生き写しでした。

    小さな体に特徴的なツインテール。屋上の時に見た甲冑風の衣装もそのままです。

    おまけに『戦国百華』というロゴマークまでついています。

    「あ……あったぁぁぁああああ!!」

    目を星のように輝かせ、クリアファイルに飛びつく雛乃ちゃん。

    「やったぁ……えへへ……あったぁ……。クリアファイルか……綺麗じゃな……。中古だけど……」

    確かに、『USED』というシールが貼られています。

    でも雛乃ちゃんは構わず、自分の描かれたクリアファイルを、愛おしそうに頬ずりします。

    よほど嬉しかったようです。

    「殿? 顔がゆるゆるっすよ?」

    「べ、別にっ! 嬉しくもなんともないわよ! ……ないわ! 余を愚弄するか小童こわっぱが!」

    「はいはい。ご無礼いたしましたーっと」

    結局、そのクリアファイルをにこにこ顔で購入した雛乃ちゃん。

    レジ担当のお兄さんが目を丸くして、雛乃ちゃんとクリアファイルを交互に見ていたのが印象的でした。

    考えればおかしな状況です。

    ゲームのキャラクターだった雛乃ちゃんが現世に現れ、自分のキャラクターグッズを買うなんて、誰が想像したでしょう。

    ちなみに、私は前のお店で自分のキーホルダーを買いませんでした。

    正直、とてもほしかったけれど、咲ちゃんや雛乃ちゃんのグッズみたいに、私のグッズはいくつも見つからなかったから。

    このまま売場に残っていれば、他の誰かが見つけてくれるかもしれません。

    その方が、私にとっても、私の仲間だった子たちにとっても、良いような気がしたのです。

     

    『――また“神隠し”のニュースです』

     

    その後、お店を出て大通りを歩いていた私たちは、ニュースを流す街頭テレビの前で立ち止まりました。

    みんな、じっとその画面を見つめています。

    『先日から頻発している事件ですがまた少年の行方がわからなくなりました。行方不明になったのは、東京都千代田区に住む15歳の少年で――』

    私は言いました。

    「……これも虚霊オーネのしわざなんでしょうか」

    「可能性は高いですの。若い魂は霊在子ザインが豊富で狙われやすいですの」

    「……許せない」

    プレイヤーさんが、小さく、だけど強い気持ちを込めて、そう言いました。

    その言葉は、私たち全員の気持ちを代弁していました。

    「うむ」

    「そうっすね」

    画面には、行方不明者とされる少年の写真が映し出されています。

    嬉しそうに笑う彼の手には、ゲーム機のコントローラーが握られていました。

    「彼……ゲームが好きだったんでしょうか」

    咲ちゃんが、噛みしめるように言いました。

    「自分たちがこうして存在できるのはああいう子たちのおかげっす」

    「万物は観測されることで初めて存在できる。余らも同じじゃ」

    雛乃ちゃんもうなずきます。

    視線は、さっき購入した、ビニール袋の中のクリアファイルに向けられています。

    「こうしてグッズを残してくれて、記憶され続けることで終幕彼女エンドロールは存在できる」

    たとえ、私たちの世界が終わっても。

    「逆に忘れられたら消えるだけ。プレイしてもらって、愛してもらって、だから自分たちはこうしていられるんす」

    咲ちゃんは、プレイヤーさんをじっと見つめます。

    「そのプレイヤー代表が先輩なんすよ」

    プレイヤーさんは一度おどけて、「……責任重大だ」と言った後、

    「僕はずっと忘れないよ」

    そう言ってくれたから、私は少し泣きそうになりました。

    「へへ、頼むっすよ?」

    「ゆえに、この場所は絶対に守らねばならん。終幕彼女である余らはな」

    「……はい」

    ゲームをはじめ、漫画やアニメの聖地である秋葉原。

    そこを保護する任務を受けたというのも、運命的な気がします。

    「ま、でもこの調子なら平気っす! 優愛っちも順調に戦闘に慣れてきてますし!」

    「はい! 私、頑張りますっ!」

    戦う意思を新たにする私。

    だけど、この時の私は、その後、想像しなかった敵に出会うことを知りませんでした。