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終幕彼女

NOVEL

  • 12話私のプロデューサー

    『お前は夢見るアイドルだった』

     

    通信を利用して、学園長は語って聞かせてくれました。

    『あるアイドルの輝きに魅せられたのがきっかけだった』

    私は、ある雪の夜、路上ライブをする1人のアイドルに憧れて、アイドルを始めたそうです。

    『だが時代はアイドルを否定した』

    こちらの世界のアイドルと私のいた世界のアイドルはずいぶんと違っていたようです。

    何が違ったかと言えば、社会的な評価、とでも言うのでしょうか。

    要は、“嫌われ者”だったのです。

    どんな事情があったのかはわかりません。

    それが明かされる前に、サービスが終了してしまったからです。

    『誰にも見向きされなければ、蔑まれ、石を投げられることもあった。それでもあきらめず、誰かのために歌い続けたのがお前たちだ』

    それは他ならぬ、私が作ったユニットだったそうです。

    私たちは、少しずつ仲間を集め、ゲリラライブを繰り返しました。

    法に触れるわけではないですが、表立った活動はできなかったため、まるで反社会的組織のような扱いです。

    追われて、罵声を浴びて、それでも歌う。

    それが私たちにとってのアイドル活動でした。

    だけど、歌い続けることは間違いではありませんでした。

    ちょっとずつ、ファンや支援者が増えました。

    彼らは、私たちがいてくれてよかったと言ってくれました。

    『誇っていいぞ心音優愛。お前は多くの人の心を救った。みんなのために何度も立ち上がって声を枯らした。世界に歌を再び届ける、当たり前の世界を取り戻すために』

    私のいた世界に、アイドルの歌は公に存在していませんでした。

    音楽CDも売られておらず、当然配信もなく、アイドルの曲や映像は、裏のルートで取引されるか、個人が隠し持ったものでしか触れることはできませんでした。

    『何度も傷つき、何度も泣いた。それでも走って、走り続けて、ついに世界は変わりはじめた』

    そして、ついにアイドルの存亡をかけたライブステージへの挑戦権を手に入れます。

    『そのステージ上で、お前たちは――』

    今はもう、記憶の断片ではなく、はっきりと思い出せます。

    ――夏祭り、夕暮れのステージ。

    ――信頼する仲間たちと、それを応援してくれる大切な人たち。

    それが、次々と血を流して倒れていく地獄絵図。

    蹂躙する怪物と、耳を打つたくさんの悲鳴。

    『――夢半ばで消えたんだ』

     

     

    *****

     

     

    「私はアイドルで……。歌を取り戻すために戦って……。夢半ばで消えた……」

    虚霊オーネの咆哮がすぐ間近で聞こえます。

    それは過去のものではなく、今、目の前にあるものでした。

    私が学園長の話を聞いている間、咲ちゃんと雛乃ちゃんが虚霊を食い止めていてくれましたが、2人の間をすり抜けてきた虚霊がいたのです。

    「優愛! 危ないですの!」

    胸に抱いていたしゅぷーちゃんが、私の頬を必死に叩いて、危機を知らせてくれます。

    「っ……!」

    私はとっさにしゅぷーちゃんを守るように抱え込み、背を向けてしゃがみ込みます。

    終わったかも、と思いました。

    私がとっさにできたのは、しゅぷーちゃんを守ることだけでした。

    しゅぷーちゃんが手足をばたつかせて、何か言おうとしますが、私の胸に顔を押しつけられているので言葉になりません。

    たぶん、「離せ」と、「自分の身を守れ」と彼女は言ってくれていたのでしょう。

    終わりというのはこんなに唐突なんだ。

    そう思って、ぎゅっと目を閉じていた私は、いつまでたっても体に痛みがないことに気づきました。

    さっきの虚霊に背中を引き裂かれるものと思っていたのに。

    私は目を開け、振り返りました。

    「くっ……!」

    「プレイヤーさん!?」

    私は無傷でした。

    なぜなら、攻撃されるすんでのところで、プレイヤーさんが虚霊に跳び蹴りをして、私を助けてくれたからです。

    これで、虚霊から助けられたのは二度目。

    そのせいで、虚霊の反撃を受けたのか、彼は左の肩から二の腕にかけて、大きな裂傷を負ってしまいました。

    「だ、大丈夫ですか!? 私をかばって……!」

    「馬鹿なことを! 出血が……っ!」

    近くにいた雛乃ちゃんが駆けつけてくれます。

    「無茶をするな! 今ので死んでいたかもしれんのだぞ!?」

    雛乃ちゃんは制服の袖を引きちぎって、ぽたぽたと血の滴るプレイヤーさんの裂傷部にそれを巻き、手早く圧迫止血を試みます。

    一方、プレイヤーさんは口の端を持ち上げながら言うのです。

    「彼女を守るのが僕の仕事だ」

    ひどい怪我なのに。

    痛くて、怖くて仕方がないはずなのに。

    彼は、私のことをじっと見ながら言うのです。

     

    「だって僕は彼女のプロデューサーだから」

     

    「私の……プロデューサー……?」

    雛乃ちゃんが言います。

    「優愛をずっと守ってきたから、これからもそうだというのか……?」

    その会話の隙を突かれました。

    「アァ……アァアアアァァァァァ!!」

    しゃがんだ私の頭上を高く飛び越えて。

    虚霊が――いえ、操られた私のファンだったという人が、プレイヤーさんに襲い掛かりました。

    高さは2~3メートルほどでしょうか、人間では到底不可能な跳躍で、水泳の飛び込みのように真っ逆さまになって、無防備なプレイヤーさんに迫ります。

    それを見た瞬間、私は叫んでいました。

     

    「――プロデューサーさん!」

     

    プレイヤーさんが驚いたように目を丸くしたのが見えました。

    私は瞬時に立ち上がり、剣の持ち手をぎゅっと握ります。

    それを見て、雛乃ちゃんも遅れて抜刀します。

    「優愛! お前はよせ!」

    彼女がそう言ったのは、相手が相手だからです。

    私が剣の切っ先を向けようとしたのは、かつての私のファンだから。

    だけど私は止まりませんでした。

    「やぁ――――――――っ!!」

    右から左へ、地面から天井に向かって逆袈裟に斬り上げた後。

    私たちの前には、片腕を失って地面に倒れた、さきほどの彼がいました。

    「ァ……アァアアアァァ…………!!」

    失った腕の根元を押さえて、苦しそうに呻き、地面を転がり回ります。

    彼の名前はわかりません。

    ですが、私が生まれた世界で、必死に歌う私たちを応援してくれた誰かでした。

    「はあ……! はあ……!」

    ずっと息を止めていた私は、荒い呼吸を再開しました。

    今は、自分が何をしたのかは考えられません。

    「この人に手は出させません……!」

    「優愛……お前……」

    「優愛っち……」

    雛乃ちゃんと咲ちゃんが、剣を握って離さない私の姿を見つめていました。

     

    「イセイガイイネ……?」

     

    「っ……!」

    背後から聞こえた不気味な声に、私は後ろを振り返りました。

    ガラスを爪でひっかいたような、不快だけでは言い表せない、聞くだけで精神の平穏を侵されような声でした。

    それが、私の聞き間違いでなければ、人の言葉を発しました。

    「ドコマデモツノ……?」

    私は顔をしかめて、思わず片耳を押さえます。

    大きさは2メートルを超える、人型の虚霊でした。

    筋肉質というより、女性的な曲線で構成された体で、スライムのようにぐねぐねと、四肢が太くなったり細くなったりしています。

    顔は目と口しかないように見え、それさえもヌメヌメと、丸くなったり三日月型になったり、流動的に形を変えました。

    その姿を見るだけで、ゾクゾクと悪寒が走ります。

    以前、シミュレーター室で戦った虚霊も十分に迫力がありましたが、この相手は次元が違います。

    同じ空間にいるだけで、体中の神経がヤスリにかけられ続けているような苦痛を感じます。

    その虚霊を見ると、しゅぷーちゃんの顔色が変わります。

    そして手に持った霊抜測定カウンターを油断なく確認すると、大きな声で叫びます。

    「あれがこの高霊抜の中心! 敵の指揮官ですの!」

    私たちの間に緊張が走ります。

    「あれを叩けばこのエリアの霊抜れいばつも下がるですの!」

    「……でも、あいつは……」

    そう言ったのは咲ちゃんでした。

    「“ウィッチ”か……」

    額に汗を浮かべた雛乃ちゃんが、生唾を飲みます。

    プレイヤーさんが「知ってる相手?」と尋ねると、咲ちゃんが答えました。

    「さっきまでの下級虚霊ザコとはワケが違うっす」

    「ああ。余らは二度奴に負けておる」

    「……咲ちゃんと雛乃ちゃんでもですか?」

    「余ら2人だけではない。ルノアやヴェルヴェットもじゃ」

    「そんな……」

    あんなに強いみんなが、全員でかかっても勝てない相手……?

    私には想像もできません。

    だけど、目の前の敵がこれまでで最も怖ろしい相手であることはわかります。

    これは生き物の本能です。

    あの虚霊の目は、ぎょろりとこちらを見たまま、まばたきすらしません。

    私たちを全員殺すまで、一瞬たりとも目を離さないという粘着質の決意を感じさせます。

    全身から常時発散される煙のような黒いもやはとりわけ濃く、憎しみとか怒りとか殺意とか、人間の持つあらゆる負の感情を煮詰めてできたもののようでした。

    あれを一息でも吸えば、気がおかしくなりそうでした。

    カラカラに喉が渇いているのがわかります。

    相手の圧力に負け、身動きのとれない私たち。

    その空気を破ったのは、プレイヤーさんでした。

    「でも今までとは違う」

    「……そう……そうですの!」

    しゅぷーちゃんも、喉の奥から声を振り絞って答えます。

    「今はプレイヤーがいるですの!」

    プレイヤーさんが、私たち1人ひとりの顔を見て、笑顔でこくりとうなずきます。

    すると、だんだん肩の力が抜けていきます。

    まるで薬みたいに。

    揃って戦意を喪失しかけている私たちの中で、彼1人だけが凛々とした勇気を保っていました。

    終幕彼女でもなく、戦う力もない人間なのに。

    以前、雛乃ちゃんは、『あやつさえおれば余らは何でもできる』と言いました。

    学園長は、彼を『救世主』と呼びました。

    みんなが彼を信頼していました。

    『奇跡』を起こせる膨大な霊在子ザインの持ち主。

    その人が、私たちにはついています。

    だから、私も言うことができました。

    「……私もいますっ!」

    勇気が伝染するように、雛乃ちゃんも力強くうなずきます。

    「優愛……。そうじゃな……過去は過去……! 今の余らとは別物じゃ!」

    「でも優愛っち……敵には優愛っちのファンもいて……」

    咲ちゃんの心配そうな声。

    敵の指揮官の後ろには、下級の虚霊に混じって、操られたNPCの人たちも多くいました。

    さっき私が片腕を斬り落としてしまった人も、苦痛に顔をゆがめながらも、その隊列の一員となっています。

    「それは……」

    迷いがないと言えば嘘になります。

    だって、あの人たちは、私たちを応援してくれていた人たちで。

    逆風の中で私たちを支えてくれた人たちで……。

    「僕に考えがある」

    そう言ったのはプレイヤーさんでした。

    「え?」

    私は彼の目を見ます。

    その目は、「僕を信じて」と言っていました。

    だから私は大声で答えました。

    「わかりましたっ!」

    「優愛っち……平気っすか?」

    まだ心配そうな咲ちゃんに、私はうなずいて返します。

    「思い出したんです。いつもそうでした」

    そう。

    私はいつもこうして、困難を乗り越えてきました。

    「私が困った時はプロデューサーさんが必ず助けてくれました。……だから今回も大丈夫です!」

    すると、咲ちゃん、雛乃ちゃんも、笑顔を見せてくれました。

    「そうか」

    「心配はいらなかったっすかね」

    2人とも、私のその感覚を共有しているみたいでした。

    プレイヤーさんへの信頼です。

    生きた世界は違っても、彼はきっとみんなのことも、そうやって支えてきたのに違いありません。

    「やります! 私たちでこの街を守りましょう!」

    それが計らず、開戦の合図となりました。

    ウィッチの目配せで、下級の虚霊が一斉にこちらへ殺到します。

    60体、あるいは70体。もはや数を把握することはできませんでした。

    しゅぷーちゃんが巣だと言っただけあって、後から後から増えていきます。

    「まずは自分が相手になるっすよ!」

    先んじて私たちの前に出たのは、咲ちゃんでした。

    「全力で行くぞ!」

    「はいっす!」

    プレイヤーさんはそう言うと、咲ちゃんの背中に向かって手のひらを向けます。

    「はぁぁぁぁぁ…………!!」

    「えっ……??」

    私は目を剥きました。

    プレイヤーさんの手のひらから放たれる霊在子の量が尋常ではありません。

    というか、送り出される霊在子が目で見てわかるほど膨大なのです。

    今までは何となく、たとえば教室に陽の光が射した時に、浮かんだ塵が見える程度の微かさで、「手からエネルギーらしき何かが出ている」とわかる程度だったのです。

    それが今は、手のひらから、直径2~3メートルにも及ぶ竜巻のような光の奔流が螺旋を描いて放たれているのです。

    「しゅぷっ……!!?」

    「なっ……!!?」

    しゅぷーちゃんも雛乃ちゃんも、ぎょっと目を丸くしています。

    そして、その嵐のような霊在子が、すべて咲ちゃんの背中に吸い込まれていくのです。

    あんなものが、咲ちゃんの小さな体に入るのでしょうか……?

    「ひゃぁぁぁんっ……!!」

    咲ちゃんが艶っぽい声を出しました。

    「だ、だ、ダメっすよ先輩……! そんな急にっ……!!」

    大量に流れ込んだ霊在子のせいなのか、咲ちゃんの顔は真っ赤に紅潮します。

    「こんなに……いっぱい…………!」

    さらに、ぶるるっと体を震わせ、なぜか内股をもぞもぞさせます。

    「おかしく……なっちゃっ……! んんっ……!!」

    かつてない強敵との決戦の場面だったはずですが、何だかおかしな空気になってきます。

    咲ちゃんは、これ以上は無理とばかりに、大きく息を吸い、叫びました。

    「いっぱい出し過ぎっすよーーーっ!!」

    そして、キャパを超えたエネルギーを吐き出すように、眼前に迫る虚霊の群れに向けて右拳を放ちました。

    ……すると。

    これは何かの災害かと思いました。

    咲ちゃんが拳を放ったのに一拍遅れて、ゴオォォッ!! という轟音とともに暴風が吹き乱れました。

    「きゃあっ!」

    あおりを受け、激しく乱れる私の髪。

    私は飛ばされないように、片手でしゅぷーちゃんを抱き、片手でスカートを押さえて、その場に座り込みます。

    その攻撃をまともに受けた下級の虚霊たちは、巨大なかまいたちに飲まれたように体を切り刻まれ、反対側の壁まで吹き飛び、叩きつけられると、たき火に水をかけた後の煙のようにはかなく消えていきました。

    「はれっ……??」

    自分でしたことなのに、ぽかーんとする咲ちゃん。

    「「「「「……!!??」」」」」

    敵の軍勢も唖然として、しばし動きを止めます。

    敵味方関係なく、その場にいる誰もが、目の前の光景に困惑していたのです。

    ですが、敵の指揮官はいち早く冷静さを取り戻しました。

    ウィッチの無言の号令で、再び虚霊たちがこちらへなだれかかってきます。

    虚霊たちは半狂化したような様相で、もしかしたらウィッチによって精神の干渉を受けているのかもしれません。

    「次は雛乃だ!」

    「えっ! ちょっ、待って主っ……! 待っ……ひゃぁぁぁぁあんっ!!」

    次の犠牲者は雛乃ちゃんでした。

    再びプレイヤーさんの手のひらから放たれた、凶悪なほど膨大な霊在子の束が雛乃ちゃんの背中に吸い込まれていきます。

    「だ、ダメっ……だってばっ……こんなのっ……我慢できないっ……!!」

    雛乃ちゃんは、火照った顔で、たまらず身をよじらせます。

    「あぁんっ………………!!」

    そして咲ちゃんと同じように、エネルギーの吐き出し先を求めるように抜刀すると、目の前の敵の群れに向かって刀を一閃しました。

    「はぁぁあああーーーーーっ!!」

    嵐、再び来たるです。

    刀から空間が歪むレベルの巨大な衝撃波が放出され、刀でないだ一直線上にあったものすべてを真っ2つにして、破壊音とともに壁に大きな傷跡を残しました。

    地下のライブスペースが地震のように大きく揺れました。

    避けきれなかった虚霊は、ことごとく消滅していました。

    「あれ……??」

    雛乃ちゃんも、目の前の惨状にきょとんとしています。

    見れば、あれだけいた虚霊がことごとく消え、残ったのは寸前で衝撃波をかわしたウィッチ1体のみ。

    「次は……」

    ちらりと、プレイヤーさんの視線が私に向くのがわかりました。

    「えっ……?」

    私はドキリとしました。

    彼は何という凛々しい目をしているのでしょう。

    彼の瞳は、私たちを救うため、目の前の悪しき敵を討つため、それしか考えていない、惚れ惚れするほどの情熱と実直さを湛えていました。

    私は慌てます。

    「えっ……ちょっ……! 待ってください……心の準備がっ……」

    そのまっすぐさが、これほど恨めしいとは。

    状況も状況だし、どうしたって彼の霊在子を受け止めるほかありません。

    「行くぞ! 優愛!」

    ……初めて私の名前を呼んでくれました。

    「は、はいっ!」

    だから思わず返事をしてしまう私。

    でも、全然OKではありません。

    今のはノーカウントにしていただけませんでしょうか。

    「や、やっぱりダメですっ!!」

    ですが、彼はどこまでもまっすぐでした。

    まったく心の準備ができていない私の体に向けて、精確かつ無慈悲に、その怖るべき手のひらをまっすぐに向けてきます。

    ついさっき、咲ちゃんと雛乃ちゃんが恥ずかしい感じの目に遭っていたのを間近で見ていた私です。

    敵を倒すことが最優先事項のはずなのに、いつの間にか私は自分がおかしくなってしまうことの方を怖れていました。

    「やだ……やだやだやだっ……! 待って……待ってくださっ……!」

    銃口を向けられた人の気分が少しだけわかった気がします。

    そして、私は3番目の被害者となりました。

    「…………ひゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!?」

    声を出さないように、出さないようにと思っていたのに。

    私が一番大声を出してしまったのではないかと思って、顔が真っ赤になります。

    だって……こんなの我慢できません。

    体が奥底からあったかくなって、体の細胞一つひとつが柔らかい羽根でくすぐられるみたいに気持ちよくなるのです。

    全身の神経が感情を持って、一斉に微笑んでいるような夢心地なのです。

    ぞくぞくぞくっと、足下から快感と武者震いがないまぜになったような震えが駆け上ってきます。

    「優愛! 来るぞ!」

    「優愛っち!」

    「っ…………はい!」

    2人の声を聞いて、私はくらくらしそうな頭と目で、ウィッチがこちらへ向かってくるのを捉えます。

    何とか意識を集中して、剣を体の前で構えます。

    おそらく現世に存在する最強の相手。

    雛乃ちゃんたち4人が束になってもかなわなかった相手。

    私は大きく息を吸い込みます。

    「行きますっっ!!」

    ……それから数秒の出来事は記憶がありません。

    気がつけば、爆発みたいな轟音が私の聴覚を支配していました。

     

    「……コンナ……コンナハズジャ……!」

     

    「……ナゼ……ナゼコンナニモ…………ツヨク……??」

     

    「……AHHHHHHH…………!!」

     

    そして、そんな断末魔が聞こえたような気がしました。

    「……はぁ……はぁ……」

    事態が落ち着くと、私は剣を振り下ろしているのがわかりました。

    ライブスペースは壁も天井も、あちこち傷だらけになっていました。

    そしてウィッチの姿は、もうどこにもありませんでした。

    力の奔流と、巻き起こる轟音に飲まれて、自分が何をしたのか判然としませんが、おそらく剣を1回振るったはずです。

    でも、たったそれだけで、こんな結果になるのでしょうか。

    「やったっすね、優愛っちー!」

    「わっ!?」

    けれど、勢いよく飛びついてきた咲ちゃんと、

    「よくやったぞ優愛。……少々やりすぎだが」

    困惑半分で私の頭をなでてくれた雛乃ちゃんのおかげで、この状況が、はやり私のしわざなんだとわかりました。

    目の前の危機は去り、私たちが勝ったのです。

    「よし咲、すぐにここも保全処理をするぞ!」

    「はいっす!」

    そして、雛乃ちゃんと咲ちゃんは、リュックを担いで、しゅぷーちゃんと一緒に走り去って行きました。

    ……が。

    「そうじゃ、忘れておった! ひとこと言っておかんと!」

    「ん、そうっすね!」

    2人は急いで引き返してきて、プレイヤーさんの頭を続けざまに、力いっぱいはたきました。

    「ふんっ!」

    「ていっ!」

    「あ痛っ!?」

    ぶたれた頭を押さえるプレイヤーさん。

    2人は、やや頬を赤らめながら、じろりと彼を睨みつけます。

    「加減をせんか、この大うつけが!」

    「どうにかなっちゃうかと思ったすよ! 先輩のあほー!」

    その後も、「変態めが!」「先輩のエロ! ドスケベ!」「帰ったらアイスな!」「自分はタピオカミルクティーで!」などと罵倒の限りを尽くし、2人は去っていきました。

    すごく、そうしたい気持ちはわかります。

    そして残された、私とプレイヤーさん。

    ……いえ、プロデューサーさん。

    「……お疲れさま」

    「……はい」

    声をかけられると、急に力が抜けて、私はその場にへたり込みます。

    プロデューサーさんも、私を気遣いながら、隣に座ります。

    何だか、思っていたのと違う感じでした。

    「もっと、こう、“因縁の戦い”みたいに、やって、やられてって、苦戦するんだと思ってました……」

    「あっけなく終わったね」

    「それはそれでよかったですけど……えへへ」

    時代劇で侍が丁々発止するように、互いに死力を尽くして戦い、紙一重の差で決着がつくような、そんな勝負をイメージしていましたが……。

    まさか一撃で決着がついてしまうとは。

    何より驚くべきは、霊在子の力です。

    あれだけ強敵と言われた相手を、私の一振りで……。

    私はつい、プロデューサーさんの顔をまじまじと見つめてしまいます。

    「……君も怒ってる?」

    「あ、い、いえ……」

    それは、大量の霊在子を送って、私をおかしな気分にさせたことへの罪悪感だったのでしょう。

    怒ってはいないですが……思い出すと恥ずかしくて、死んでしまいそうです。

    だって、あんなに気持ちいいのは初めてで……。

    みんなの前ではしたない大声を上げて……。

    プレイヤーさんは頭を下げて言いました。

    「戦いなんて慣れないのに、頑張ってくれてありがとう」

    「いえ……プロデューサーさんだって。ありがとうございます」

    ……。

    「どうしたの?」

    「……いえ、私、少しだけ思い出したんです」

    「何を?」

    「私、やっぱりアイドルだったんですね」

    「……」

    「だって、あのファンの人たちを斬った時、私――」

    プロデューサーさんを襲おうとした、あの人を斬った時。

    あの時はがむしゃらだったけど、その後に私の心に残った気持ちは忘れません。

    「とっても悲しかったから」

    「……優愛……」

    気づくと、板張りのステージの上、ぽつんと、水滴が落ちました。

    続けて、ぽつん、ぽつん、と。

    私の涙でした。

    まだ頭の中は整理ができません。

    だけど、悲しいという気持ちだけはわかるのです。

    「私は……ずっと応援してくれた人を……この手で……」

    そこまで言いかけた時でした。

     

    「――あれ? 俺はどうしてたんだ?」

    「ライブに行ってたと思ったんだけど……」

    「あたた……体が痛え……」

     

    「っ!?」

    私は驚いて、目を白黒させます。

    なぜかと言えば、私や咲ちゃんたちにやられて消えたはずの人たちが、光の粒とともに次々と姿を現したからです。

    見た目も、操られていた時とは違い、普通の人間とまったく同じ姿です。

    まるでゾンビから生まれ変わったようでした。

    「え……? え……? どういうことですか……? みなさんが次々起き上がって……??」

    「うまくいったみたいだ」

    「プロデューサーさん……? うまくいったってどういう……?」

    すると、間髪入れずまた彼らに動きが見られます。

     

    「――こ、今度は何だ? か、体が引っ張られる!?」

    「何だ何だ!?」

    「うわーーーーー!?」

     

    今度はみんなが、もう一度光の粒となって、流れ星のようにどこかへ飛んで行ったのです。

    「えぇーーーー!? みなさんが飛んでいっちゃいました!?」

    私は何が起きたかまったく意味が分かりません。

    「えぇぇーーーーーー!?」

    だからもう一度叫びます。

    ただただ、混乱するばかりです。

    説明をしてくれたのは、いち早く戻ってきたしゅぷーちゃんと、映像の学園長でした。

    「心配ないですの! あれは学園へ飛ばされただけですの!」

    「しゅぷーちゃん?」

    「学園長からの通信を再開するですの!」

    『悪いね、しゅぷー。ちゃんと見えてる?』

    「大丈夫ですの!」

    『ありがとね』

    「あ、あの、学園長? さっきのはどういうことかわかりますか??」

    『ああ。シュプーアの言う通り、学園へ飛ばされたんだ。ゲーム世界の住人はすべて学園で預かることになってるからね。彼らが完全に存在の力を取り戻すまでは喪界そうかいクラウドで保護しよう』

    「じゃ、じゃあ、無事ってことですか?」

    『ああ、そうさ』

    「そうだったんですね……よかったです」

    ……はぁ。

    一体何が起こったのかと思いました。

    あの人たちが生き返ったかと思ったらまたどこかへ飛んでいったので、無事だったのかそうでなかったのかわかりませんでした。

    たぶん一番わけがわからなかったのは、彼ら自身だと思いますが。

    『それにしても。まったく、驚いたぞプレイヤー。霊在子をこんな風に使うなんて』

    「いや、単なる思いつきです」

    プレイヤーさんが、虚霊に操られた彼らを救ったからくりはこうでした。

    『虚霊は死ぬ瞬間、霊在子の粒子となって消える。つまり一度、光の粒になって、まったく原型を失うんだ。プレイヤーは、彼ら――ファンオーネと呼ぼう――が消える瞬間、その粒子をつかまえて元の人間だった姿に再固定した』

    「え? そんなことが……できるんですか??」

    そんな、粘土みたいなことが?

    学園長が言うファンオーネの人たちは、一度やられて光の粒子となって消えたように見えました。

    ですが、完全に消えたわけではなく、プロデューサーさんがその粒子を空中でつかまえて、さきほどの彼らの姿に再生させたというのです。

    プロデューサーさんは、事もなしに言います。

    「霊在子は色々できるって聞いたから」

    「でも使い方は覚えたばかりじゃ……」

    「まぁ、練習の成果、かな?」

    すると、学園長の表情が変わります。

    『おいお前、私が言った以上の訓練を勝手にしてたな?』

    「あ、いや……ちょっとだけですよ」

    『ちょっとだけでもオーバーワークだ! ギリギリやれるかやれないかレベルの訓練をさせたのに!』

    「……すいません」

    プレイヤーさんは済まなそうに頭をかきます。

    そうか。私と同じように。

    いえ、私以上にもっともっと、彼は努力していたのです。

    『まあ、それはいいさ。それより、ファンオーネの再生だ。あんなことを実現するためには、彼らのもとの姿を完璧に把握している必要があるのに――』

    「あ、ゲームに出てきたキャラは全員覚えてるので」

    『……』

    あっけらかんと。

    『お前は言ってくれるねぇ……』

    「それって、全員……ですか……?」

    「もちろん」

    何でもないことのように答えます。

    ゲームのキャラクターというのが、どれだけいるのかはわかりません。

    だけど彼は、その1人ひとりを正確に覚えていると言うのです。

    その事実に、学園長も呆れ顔です。

    『だからってやすやすとできることじゃないんだぞ? まったく……まあ、お前らしいと言えばお前らしいが。私はお前を“人類の救世主”だと言ったが、どうやら低く見積もりすぎていたようだ』

    学園長はたたずまいを正し、まっすぐプロデューサーさんを見つめます。

    『お前はもしかしたら虚霊さえ救う存在なのかもしれない。……何しろ思いひとつで次元を超えて、“嫁”をよみがえらせた男だ』

    「よ、嫁って……」

    私はつい赤くなります。

    彼は、“Prayer”――願う人。

    強い“思い”の力で奇跡を起こす人。

    『よし!』

    すると、学園長は胸の前で両手を叩きました。

    『任務終了だ、よくやった! 学食で奢ってやるから早く帰ってこい!』

    とても満足そうな笑みでした。

    そしてカメラの向こうで、学園長がこちらに手を伸ばし、最後にウインクを一つだけすると、通信は切断されました。

    学園長が、あちら側からカメラの電源なり、ネットワークなりを切ったのでしょう。

    一呼吸置くと、私は何だか胸がいっぱいになりました。

    大量の霊在子を送られたせいか、さっきから次々と、かつての記憶が急速に取り戻されていました。

    だから私は、とりとめもなく、今言いたくなったことを口にします。

    「……ありがとうございます。プロデューサーさん」

    「ん?」

    「あなたはいつでも私の頼れるプロデューサーでした」

    彼にまつわる記憶は、どれも温かいものでした。

    くだらないことで笑って、私たちが困った時には必ず手を差し伸べてくれて、立ちはだかる障害にはいつも真っ先に立ち向かってくれました。

    彼はいつも、“最悪”から私たちを救い出してくれました。

    「そうだったら……嬉しいよ」

    「えっと、ですね? 私、ずっと画面の向こうでプロデューサーさんを見ていたんですよ?」

    思い出したのです。

    彼を見つめる私が抱き続けた思いも。

    「“この判断で良かったかな”って聞きたくて」

    「うん」

    「“私の歌は届いてるかな”って気になって」

    「うん」

    「“もっとお話したいな”って言いたくて」

    「……うん」

    「怖い虚霊に襲われて、世界が滅ぶ瞬間も私は思ったはずです。“きっとプロデューサーさんなら何とかしてくれる”って」

    プロデューサーさんは、瞼を伏せて何か言おうとしたけれど、私は首を振って続けました。

    「やっぱり何とかしてくれたんですね」

    「……!」

    「……えへへ、何だか言葉にならないや」

    状況を見て言えば、私はおそらく“悲劇のヒロイン”というものだったのでしょう。

    生まれた世界を滅ぼされ、大事な仲間を殺されて、未来を閉ざされました。

    ですが、転生したこの世界で、もう一度プロデューサーさんと会えました。

    それだけで、目の前の暗闇がきれいに晴れていく気がするのです。

    また物語を始められそうな気がするのです。

    まるで、新たな幕が開くように。

    私は、プロデューサーさんの目をじっと見つめて言いました。

    「……私の信頼するたった1人のプロデューサー。これからも一緒に戦ってくださいね!」